人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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稲葉良通とその一族

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2020/04/20 11:20

(画像はNHK公式サイトよりキャプチャ)

19日の「麒麟がくる」では、稲葉良通が斎藤高政(義龍)に家督の簒奪をそそのかす場面があった。稲葉良通は稲葉一鉄といった方が通りがいいかもしれない。安藤守就、氏家直元と併せて西美濃三人衆と呼ばれ、その筆頭だった良通は美濃で大きな力を持っていた。

稲葉氏は不思議な一族である。美濃の国衆でありながら伊予の名門河野氏の一族と伝える。また、良通は僧侶となっていたが、父と兄5人が浅井氏との戦いで死去したことから、六男でありながら稲葉氏の家督を継いでいる。そして、良通とその一族は、戦国から江戸初期にかけて、つねに時の権力者のそばにあり続けた。

斎藤道三と義龍が戦った長良川の戦いで義龍について道三を滅ぼすが、義龍の子龍興の代にし安東氏・氏家氏とともに織田信長に通じ、信長の美濃奪取を成功させている。本能寺の変後は豊臣秀吉に仕え、子貞通は江戸時代には豊後臼杵藩主となっている。

また、良通の娘、安は明智光秀の重臣斎藤利三に嫁ぎ、お福を生んだ。お福は山崎の戦いで父・利三が討死すると稲葉家に引き取られ、良通の孫娘の夫である稲葉正成の後妻となった。その縁で徳川家光の乳母に登用されると、3代将軍となった家光のもとで大奥を築き、幕政に大きな影響を及ぼしている。

稲葉良通の登場場面は今後増えてくるかもしれない。

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