ラムサール条約は「保全・再生」、「ワイズユース」(wise use=賢明な利用)、「交流・学習」という3つの柱で支えられています。なかでもワイズユースは、この条約を特徴づける中心的な考え方です。近年では、自然環境をただ保全するのではなく、周辺の住民が積極的にかかわることによって地域の活性化につなげようという動きが主流です。

兵庫県は豊岡市にある「円山川下流域・周辺水田」は、2012年に条約に登録されました。ここではコウノトリの野生復帰を目指す、さまざまな取り組みが行なわれています。水田では、コウノトリの餌となる魚や昆虫が生息できるような農法が採用され、栽培された米はブランド米として人気です。経済活動も組み合わせた取り組みは、ワイズユースの精神を体現しています(第8章「環境」の地理 より)

現役で活躍する日本の金山

かつて日本では、石炭をはじめ金・銀・銅などの鉱物の採掘がさかんに行われていましたが、現在では、採掘量の減少などにより多くの鉱山が閉山されました。

日本の金山といえば、すでに閉山している佐渡金山が有名です。しかし、佐渡の2.4倍の金を産出し、今もなお採掘が行なわれている鉱山があることは意外に知られていません。

『知るほどに面白くなる日本地理』地理教育研究会 著
『知るほどに面白くなる日本地理』地理教育研究会 著

鹿児島県伊佐市にある菱刈鉱山は、現在も商業規模での採掘が続けられている、国内唯一の金鉱山です。

菱刈鉱山は1750年頃発見されました。住友金属鉱山が採掘を始めた1985年以来、216.7トン(2015年3月時点)の金を産出していて、過去も含め日本一の産出量を誇ります。その特徴は、鉱石1トンあたりの平均金量が約40グラムという高品位にあります。この含有量は、世界の主要鉱山で採れる鉱石の約10倍です。

伊佐市の人口は約3万人。市には、菱刈鉱山で産出された金の価格の1%が「鉱山税」として納入され、その金額は市の収入の1割を占めます。高齢化で福祉予算が膨らむ市の貴重な財源であり、鉱山はなくてはならない存在です。

現在も1年間に約7トンの金を産出する菱刈鉱山には新たな鉱床も見つかっていて、金価格の上昇基調もあり、地域の大きな期待を担っています(第5章「モノ」の地理 より)

アイヌの文化をどう守る?

アイヌは日本の先住民族です(アムネスティ・インターナショナル日本支部声明)

しかし、1889年に明治政府が制定した「北海道旧土人保護法」下では、与えられた土地での農業をすすめられて生業であった漁労や狩猟を禁じられたり、教育などの面でも日本人への「同化」を強いられました。

アイヌ初の参議院議員であった故萱野茂氏は、アイヌ新法が発効された後の1999年に行われた函館の講演で「アイヌ民族は和人によって、主食である鮭を獲ることを禁じられた。世界の先住民族で主食まで取り上げられたのはアイヌがただ一例」と述べた。

また、「私の名字はもと貝沢だが、父は生活のため鮭を獲り何度も逮捕された。父は子どもが“犯罪者”の名字では肩身が狭かろうと考え、私を親戚の萱野の養子にした」「アイヌ民族は和人に北海道を渡した覚えも、貸したこともない」とも語っている(著者のメモによる)。

(127ページより、一部編集)

1997年に施行されたアイヌ新法(「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」)は、「旧土人保護法」の差別的視点からみれば前進が見られますが、アイヌの失われた権利や生活の回復については触れられていません。

北海道庁の2013年の調査によれば、道内で暮らすアイヌの人数は、把握できただけで1万6786人。もちろん北海道以外にもアイヌの人たちは住んでいます。その多くは一般の日本人と同じ服装をして生活しているので、かつての民族衣装やヒゲを伸ばした男性の姿を、普段見ることはありません。

そんなアイヌの伝統文化を保存し、発展させようと取り組んでいる地域があります。日高振興局管内にある平取町二風谷(にぶたに)は沙流川(さるがわ)の中流にある集落(コタン)で、オキクルミといわれるアイヌの神に関する多くの伝説が語り継がれる土地です。アイヌの住居や施設の遺跡も多く、漆器や金属製品、ガラス玉などの埋蔵文化財が出土しています。

また二風谷には、前述の萱野氏がアイヌ文化の保存と普及に努めた「萱野茂二風谷アイヌ資料館」があり、民具や衣服、工芸品のほか、収集した民話の記録なども保存されています。ほかにも町立の「二風谷アイヌ文化博物館」といった施設もあり、アイヌの歴史と文化を知ることができます(第6章「文化」の地理 より) 


様々な問題を抱える現代の世界や日本。それらを理解して、解決に貢献する人材を育てるために、地理教育に期待がかかっています。現在は選択科目である地理の高校での必修科目化は、そのような考え方にもとづくものです。そしてその関心を支えるのは、多様な人々の暮らしや地域への、強い好奇心です。

知れば知るほどに奥深く、面白くなる地理の世界。のぞいてみれば、きっと好奇心が刺激されるでしょう。