中東イスラーム世界は、地理的に日本とは遠く隔たっているにもかかわらず、ニュースなどで話題にのぼらない日はありません。

イスラーム国(IS)やシリア内戦などの動向は毎日のように報道されますし、最近では、トルコ共和国においてイスラーム色の強い公正発展党(AKP)が過半数の議席をとれなかったため、今後の動向が注目されています。また、石油等の天然資源が豊富な国も多く、エネルギー問題の観点からこの地域が話題になることも少なくありません。

しかし、中東が実際にどのような地域なのか、普通の日本人の感覚ではわかりづらいのではないでしょうか。

理解を深めるためには、現在の事象だけではなく、過去をさかのぼって見てみることが大切です。ここでは、ことし5月に刊行された『歴史図解 中東とイスラーム世界が一気にわかる本』(宮崎正勝:著)の内容をもとに、この地域の歴史を学ぶために必要な2つの視点を取り上げてみましょう。


 

覇権を握ったイラン人、アラブ人、トルコ人の順に時代を分ける

中東地域には5000年とも言われる長い歴史があります。エジプト、メソポタミアの古代2文明の発祥の地であり、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の一神教3宗教もこの地から生まれました。多くの人々が古来からこの地に出入りし、歴史を作ってきたのです。

このように複雑に入り乱れた状況が、私たちの理解を妨げている原因のようにも見えますが、それぞれの時代に地域の中心となった民族ごとに、大きく3つに分けて考えると、比較的クリアに動きが見えてきます。

1.イラン人の覇権時代(前550~651年)

まず覇権を握ったのがイラン人です。イスラーム教が姿を現すまでの約1000年間、アケメネス朝とササン朝を中心として彼らが中東地域を支配しました。この間、ゾロアスター教がイラン人によって中東地域に広められ、また大帝国となったササン朝は、同じく領土を拡張したローマ帝国と抗争を繰り広げました。

2.アラブ人の覇権時代(632年~11世紀)

その後、7世紀から中心となるのが、イスラーム教の普及に伴って勢力を拡大させたアラブ人です。アラビア半島のメッカで神の啓示をうけたムハンマドが一大勢力を作り上げ、やがてササン朝を滅ぼし、ウマイヤ朝、アッバース朝といったイスラーム帝国を築き上げます。アッバース朝によって作られた巨大都市バグダードは、この時期に繁栄を極めました。

3.トルコ人の覇権時代(11世紀~19世紀後半)

しかし、このようなアラブ人の隆盛は、北の大草原から来たトルコ人によって危機に瀕します。もともとは軍事奴隷(マムルーク)として中東地域に入り込んでいったトルコ人ですが、次第に王朝を樹立し、権力を握るようになります。

トルコ人はその後、オスマン帝国というアジアとヨーロッパにまたがる大帝国を築きます。第一次世界大戦後にこの帝国が解体するまで、オスマン帝国は名実ともに中東イスラーム世界の盟主でした。

現在の国境に惑わされない

中東には、さまざまな国家があり、どの国にどの民族が住んでいるのか、正しく言える人はかなり少ないでしょう。