人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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古代豪族に因む安曇野

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2019/08/05 17:44

安曇野の田園風景

奥飛騨の帰りに、安曇野に寄った。岐阜県の奥飛騨と長野県の安曇野は意外と近い。

松本市の北西に広がる長野県安曇野市。いかにも古くからありそうな市名だが、誕生したのは新しい。かつてこの地域には小さな町村がたくさんあり、平成大合併の際に、南安曇郡豊科町・穂高町・堀金村・三郷村・東筑摩郡明科町の5町村が合併し、地域名の「安曇野」を新しい市の名前に採用したものだ。

安曇野の範囲は決まったものではなく、現在の安曇野市に、松川村や池田町、松本市に合併した旧梓川村や、大町市南部なども含むとされる。

安曇という地名は、北部九州の古代豪族だった安曇氏に因むといわれる。安曇氏は博多湾の志賀島を本拠とする海の豪族だったが、ヤマト王権が確立すると摂津に転じ、やがて朝廷の官僚となった。

そして、一族は各地に広がったが、その移住先は「あずみ」「あみ」といった地名になっているところが多い。長野県の安曇もそうした安曇一族によって開発された地域の1つである。

なお、長野県では盆地のことを「平(たいら)」と呼ぶことから、この地域も元々は「安曇平」と呼ばれることが多かったが、臼井吉見の小説「安曇野」によって、安曇野という名称が一般的になったといわれる。

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