人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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全国安曇族サミット開催

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2011/10/03 14:01

9月25日、長野県安曇野市で「全国安曇族サミット」が開催された。昨年10月に福岡の志賀島で第1回が開催され、今回で2回目の大会である。

「安曇族」とは、筑前国糟屋郡安曇郷(福岡市)を発祥地として朝廷に仕えた古代豪族。海神である綿津見命を祖とする海の氏族で、福岡市の志賀島付近を本拠とし、大陸とも交易があったとされる。志賀島の志賀海神社には「安曇族」の守護神である綿津見三神が祭られ、現在の宮司も「阿曇」さん。

 「安曇族」は、もともとは北九州に栄えた古代王朝の海人族だった。やがて北九州政権が畿内の大和政権と結びついたとき、摂津国西成郡(大阪市)に本拠を移したらしく、そこはのちに安曇江という地名となった。

そして、ここを拠点として、今度は全国の海人達を統括したとみられている。「安曇族」は多くの地名を残した。長野県の安曇野、滋賀県の安曇川など、各地に「アヅミ」関係の地名が残っている。

 7世紀になると、「安曇族」は外交分野で活躍した。というのも、海産物を朝廷に納めていた安曇族は、有事の際には水軍に徴用されたからだ。やがて、その航海技術を生かして外交にも乗り出すようになった。中でも百済との交渉にあたった阿曇比羅夫が有名。

 奈良時代になると、今度は天皇家の食事全般を担当する内膳司を高橋氏とともにつとめたが、やがて失脚して歴史の表舞台からは消え去った。

 しかし、「あずみ」や「あつみ」と読む地名が各地にあるほか、「安住」さんや「安積」さんなど、安曇族の末裔と見られる名字も多い、
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