人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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血洗島と渋沢家

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2019/04/22 14:59

(photo by a_text/Adobe Stock)

先日、2024年から紙幣のデザインが一新されることが発表された。1万円札は福沢諭吉から渋沢栄一に変更される。渋沢栄一といえば、日本の近代資本主義の父ともいわれる人物だ。

渋沢栄一は武蔵国榛沢郡血洗島(埼玉県深谷市)の生まれ。「血洗島」という物騒な地名は、後三年の役で東北に向かう源義家の家臣が片腕を切り落とされ、その血を洗ったことに由来するともいわれる(諸説ある)。

一方、渋沢家のルーツは甲斐国巨摩郡渋沢村(山梨県北杜市)で、甲斐源氏の一族というがはっきりしない。戦国時代に血洗島で帰農し、その後分家を繰り返して幕末には血洗島を代表する豪農一族となっていた。

一族のうち最も栄えた「東の家」は、名主となって名字帯刀を許され岡部藩の御用達でもあった。栄一とともに徳川慶喜の右筆をつとめ、維新後は実業家となった喜作(のちの成一郎)は「東の家」の分家の出である。栄一の生まれた「中の家」は父の代に養蚕や藍玉つくりで家運の傾いていた同家を再興して豪農となり、農民とはいいながら商家でもあり、名主として名字帯刀も許されていた。

農家の出でありながら近代日本を牽引した栄一は、農家兼商家に生まれ、四書五経を学ぶ一方で剣術修行をするなど、武士としての素養も身に着けたという生い立ちも大きな影響を及ぼしているのだろう。さらに、15代将軍の名代となった徳川昭武(慶喜の弟)の随員としてヨーロッパを歴訪し、帰国後は「日本近代資本主義の父」と称されて明治33年(1900)男爵、大正9年(1920)には子爵となっている。

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