人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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氷川神社と勝海舟邸

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2018/10/01 16:53

先日、毎日放送(TBS系列)の人気番組「林先生が驚く初耳学!」からインタビューを受けた。内容は放送をみていただくとして、赤坂にある同社社内でのインタビュー撮影を終えたあと、せっかくなので近くの氷川神社を訪れてみた。

氷川神社という神社はたくさんあるが、赤坂の氷川神社の歴史は古い。天暦5年(951)武蔵国豊島郡一ツ木村に創建され、8代将軍徳川吉宗の時代に現在地に移転された。その後、安政大地震・関東大震災・東京大空襲を奇跡的に免れて当時のままの姿を残しており、東京都の重要文化財にも指定されている。

さて、NHK大河ドラマ「西郷どん」にも登場するように、江戸城の無血開城をめぐって西郷隆盛と会見した幕府側の代表が勝海舟である。海舟の屋敷は赤坂本氷川坂下にあり、文字通り氷川神社から坂を下ったところに「勝海舟邸跡」という碑があった。

海舟は本所の生まれだが、赤坂溜池で蘭学を学んでいた縁から、安政6年(1859)に氷川坂下に住み、文久2年(1862)に坂本龍馬が海舟を訪ねてきたのもここの屋敷で、西郷と会見した頃もここに住んでいた。

ところで、西郷が薩摩藩の下級武士であるのと同様、勝も幕府の下級旗本であった。しかも、旗本とは言え、ちょっと特殊な家系である。これについては次回。

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