人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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真田一族のルーツ

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2016/01/05 13:59

真田幸村の像と抜け穴(photo by Tsuboya/fotolia)

今年、2016年のNHK大河ドラマは「真田丸」。戦国時代から豊織時代にかけて信濃・上野で活躍した真田一族の物語だ。知名度の高い一族なのだが、実は真田氏はそのルーツがはっきりしていない。

古くは、真田氏は清和源氏とされていた。清和天皇の孫の目安王の子善淵王が信濃に降って滋野氏を名乗り、真田氏はその一族だとなっていた。しかし、そもそも目安王という人物が史上に存在しないため、今ではこの説をとる人はいないのだが、昨年から大量に刊行している真田一族関係の書籍の中には、清和天皇からつながる真田氏の系図を記載しているものもあって驚いた。

室町時代、信濃に名族滋野氏があり、海野・望月・真田の3家がその子孫である。そして、真田氏は海野氏の分家にあたる、とされている。現在では、戦国時代初期に活躍した海野棟綱の子幸隆が真田に住んで真田氏を名乗ったのが祖というのが一般的だ。

しかし、それ以前にも「さなだ」を名乗る氏族がいたことがわかっており、鎌倉時代の海野氏の一族にも真田を名乗った人物がいたとされることから、幸隆が初めて真田氏を興したのではなく、それ以前からいた真田氏の名跡を継いだのではないか、とみられる。

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