採用、人材育成、研修、労務、制度設計、組織開発など、人事の仕事は多岐にわたります。さらに近年は、成果主義人事制度やジョブ型の導入と揺り戻し、心理的安全性やエンゲージメント、ティール組織、OKR、1on1……といった新しい概念や手法への対応など、新たな課題が生まれ続けています。

そのような状況で、人事担当者は、ハードワークにやりがいを感じながらも「評価されづらい」「事業部門の理解が得られない」「将来のキャリアが見通せない」といったモヤモヤ、葛藤を抱えています。

こうした人事担当者に向けたのが本書『「人事のプロ」はこう動く 事業を伸ばす人事が考えていること』です。学生時代から一貫して人事や組織開発に携わり、1000人以上の人事担当者と出会ってきた著者が、事業や組織をリードし活躍し続ける「人事のプロ」に共通する考え方、動き方をまとめました。ここでは、本書の「はじめに」を公開します。𠮷田洋介さんプロフィール

『「人事のプロ」はこう動く』はじめに

はじめまして。人事図書館の館長をしている𠮷田洋介といいます。学生時代から人事が大好きで、大学院で学びと研究を深め、仕事を始めてからもずっと人事領域を学び、実践することがとてもおもしろくて、2024年には人事が集まる場として「人事図書館」を設立してしまいました。

人事図書館以外にも、『図解 人材マネジメント入門』などを出版されている坪谷邦生さんと共に、「壺中人事塾」という人事のプロを目指す方々の学びと研鑽のコミュニティを運営しています。

その他、スタートアップやベンチャーなど人事専門家が不在の企業の組織作りを支援する事業、上場企業など大手企業を中心にサーベイやデータに関するソリューションを支援する事業を行うかたわら、ベンチャー企業のCHRO(最高人事責任者)も担っています。

最近は、コミュニティ作りに関するご支援も増えてきています。いろいろとやっているように見えますが、いずれも領域は人事であり、私のライフテーマでもある「誰も犠牲にならない組織作り」につながっています。

組織・チームへ関心を持ったきっかけ

私は、大学生のときに数多くのバンドを組んでいました(大学時代だけで80を超えています)。その中で「上手な人だけが集まっているのにうまくいかないバンドがある」「楽器はそこまで上手じゃないけどとてもうまくいくバンドがある」ということを何度も体験し、体感的に「ここにはなにか原則がありそうだ」と感じたのです。

経営学部だったこともあり、組織行動論、組織心理学、組織論、マネジメントなどにそのヒントがあるのではと考え、そういったことについて書かれている本を読みふけり、バンドで実践してみたのです。すると驚くことに、組んでいるほとんどのバンドがうまくいくようになりました。「すごい! 本に書いてあることは実践してこそ意味がある!」と感じ、興味のおもむくまま大学院に進学しました。

大学院では「よい組織とは」「よい組織の作り方とは」という問いからさらに多くの書籍や論文をたどったのですが、読み進めるほどに何度も衝撃を受けました。そこには私が悩んでいたこと、ぶつかったことのある場面に対するヒントがあふれていました。100年以上前のアメリカの書籍に書かれていることが、現代の日本の大学院生である自分にあてはまることばかりなのです。

私たちが直面している組織やチームの課題のほとんどに対して、原理原則やヒントが書籍や文献にはあふれており、それを使えばよい組織やチームは作れる! これが大学院までで強く実感したことでした。

100年経っても浸透しない理論たち

一方で、私が学んだ数多くのすばらしい知見・理論は世の中のあたり前とはいえない、ということも同時に見えてきました。私より先に就職した仲間が、今でいうパワハラ・アルハラでメンタル不全になったり、入社前に聞いた情報と違ってミスマッチを起こしていたり、あまりに作業的な業務の多さに疲弊したりと、私の周囲だけで3年以内に30名ほどがネガティブな退職をしていました。

世の中にはこんなにも組織やチームを運営する知見があふれているのに、現実への適用は100年経ってもあたり前とはなっておらず、その結果友人たちは追い詰められたのか……と無念さと強い憤りを感じました。

もちろん、世の中の人たちがすべての書籍を読んでいるわけではないことはわかっていましたが、それでも100年以上前に発見された「こうすれば組織やチームがうまくいきやすい」という原理原則がまったく無視されている状況を変えたい、変えなくては、と強く思いました。

組織人事の分野では今でも多くの人たちが先人たちと同じような課題に悩んでおり、先人たちからの学びが積み上がっていない組織がむしろあたり前なのかもしれないと感じたのはこの頃からです。

先人たちの知見を現実に適用する挑戦

大学院修了後は、リクルートマネジメントソリューションズ(以下RMS)に入社しました。RMSは当時日本最大の組織人事支援企業で、日本で一番多くの組織に関する知見を持っており、現実に適用しようとしている会社に入れば、どうして世の中に浸透していかないのか見えるのではと思ったからです。
 
RMSでは、営業として採用・人材育成・組織開発・人事制度・アセスメントなど幅広く500社以上の取り組みを支援してきました。大阪、東京、中国(上海)、福岡と転々としながら数十人から10万人規模の企業のさまざまな組織人事課題と向き合い続け、すばらしい人事の方、経営者の方と数多く出会い、共にお仕事をさせてもらいました。

顧客と共に組織人事課題を設定し解決策を考え、社内外の関係者と共にプロジェクトとして組成し、数人から数十人で顧客課題の解決を実行するのがメインミッションです。またそれ以外にも中国事業の立ち上げ、公開サービス事業の責任者など事業経営や管理職の経験も積ませていただき、事業と人の切っても切れない関係を生身で体験しました。

人事のプロを目指す地図を示したい

これまでさまざまな人事関係のすばらしい書籍が出ており、人事に必要な知見や姿勢、視野視界など多岐にわたって示されています。しかし、変化が激しく企業ごとに適切な取り組みが異なる今の時代において、人事のプロを目指すにはまだパーツが足りていないように感じます。

それは「今の時代に求められる人事のプロとはなにか、どうやったらプロになれるのか」という道筋です。

しかし、「人事のプロ」「一人前の人事」といった定義やレベル感、自分はその中でどこにいるのかを知る地図はあまり示されていません。自分の現在地や進み方がわからない地図では、目的地に到達するのは困難です。

本書では、そもそも人事のプロとはなにか、具体的にはなにをしていて、どうしたらプロになれるのか、といった問いを巡って私の考えを示すことで、みなさん自身の道筋を見出すきっかけになればと願っています。

本書を執筆するにあたって、さまざまな人事のプロにヒアリング、アンケート調査でのご協力をいただきました。

また、過去に出会った人事の方々から学ばせていただいた秘伝のタレのような手法も含めて、掲載許可をいただいたものについて、まとめさせていただきました。

身近に人事のプロがいない方はぜひ具体的な動きのヒントとしてみてください。身近に人事のプロがいる方は、ぜひその方をイメージしながら読み進めてみてください。

「人事のプロ」はこう動く 事業を伸ばす人事が考えていること
「人事のプロ」はこう動く 事業を伸ばす人事が考えていること

本書を誰に届けたいか

立教大学の中原淳先生の言葉をお借りすれば、「組織は、今日も順調に『課題』だらけ」です。人口は減り、転職市場は活況になり、法律やルールは刻々と変化し、新たなテーマは数カ月おきに生まれ、テクノロジーは日進月歩です。
 
人事の仕事は日々さまざまな葛藤を伴います。人事は、それらとうまく付き合っていかなければいけません。そんな時代だからこそ、これからの組織には人事のプロが欠かせません。

本書を記した理由は「すべての組織に人事のプロを」「人事を志す1人ひとりの心の火を灯し続けたい」という想いからです。

今回の執筆を通じて、すでに多くの人事に関する書籍が出ている中で、私が書籍を出す意味があるのか何度も考えました。私よりも経験豊富ですばらしい知見や切り口を持った方々がたくさんいるのに、私が言えることがあるのだろうか、伝えられることがあるのだろうかと問い直す中で、1つ見つかったものがあります。

それは、出会ってきたすばらしい人事や経営者の方々から教えていただいた、取り組みや姿勢といった数多くの宝物です。思い返すたびに、これを私の中だけに留めておきたくない、もっと必要な人に届けたいという思いがあふれてきました。

私は、特に「人事として目指したい姿が見えていない人」「周りに人事のプロがいない人」にこのすばらしい宝物を届けたいと思っています。ベンチャーやスタートアップで1人目人事をしている、人事は社内に1人だけ、など物理的にいない方もいれば、人事の人数はいるけれども専門家とは感じにくい、上司は事業部から来たので人事については詳しくない、など心理的にいない場合もあるでしょう。

本書はさまざまな人事のプロから教えていただいた話を、できるだけ具体的に、そして1人でも行動できるように組み立てたつもりです。近くに人事のプロがいる方と同じように、具体的な行動や考え方から学び、刺激を受けられるように……少なくとも人事のプロが隣にいるようになにをどこまで、どの程度やっているのか、手触りを持って感じてもらえたならば、これ以上にうれしいことはありません。

また、同時に人事としての自分に自信を持てていない方、これから人事として力をつけていきたいと願う方にも、この宝物が届くことを願っています。数多くの人事のプロが共通して捉えていること、考えていること、行動していることは、きっとあなたの助けになるはずです。

一方で、熟練の人事のみなさんや、身近に人事のプロがいて取り組んでいる最中のみなさんには、ご自身の経験や積み上げてこられたものと、私の出会ってきたすばらしい方々とを重ねていただき、みなさんの知見や仕事のやり方を周囲の方に伝える参考にしていただけたら幸いです。