(本稿は月刊『企業実務』2020年1月号から転載したものです)
──社会保険労務士としての顧問先のほか産休・育休に関するセミナーなどで企業の総務担当者と接する機会も多いと思いますが、そこでの企業の悩み、質問などの傾向は、昔と変わってきていますか。
以前は、企業側の本音として「育休を取らせたくない」というのが感じられました。「取ってもいいけれど、復帰はしてほしくないオーラ」が出ていたりしました。
でも、最近は育休を取って働き続けたいという女性が多くなってきましたし、会社が考えることも、育休の取得・復帰を前提としてその期間の業務をどうするか、復帰後の働き方をどうするか、というふうに少しずつ変わってきています。
人手不足のなか、新たに採用して教育すると手間がかかるので、今いる従業員が産休・育休を取り、復帰してもらいたいと考えるようになっています。もちろん取得者も復帰したいと考えていますし。
実際に復帰を希望する従業員から、たとえば保育所が見つからなくてすぐには復帰できないけれど3歳になれば保育所に入れる、という申し出を受けてその間をどうするか、といった質問を受けるようになりました。
いまだと法令では2歳までしか認められていないので、2歳時点で復帰できないのであれば、雇用としてはいったん終了するのが基本的な考え方です。ただその空く期間が1か月前後などのように短いのであれば、欠勤や有給休暇の取得で保育所に入れるタイミングまでつなごうという話は出てきます。
必ずしもそのようにうまくいかないこともあるので、再雇用の制度をつくることを提案しています。
いったん雇用は終了するけれど、働ける状態になったら再雇用する、あるいは求人する際は優先的に声をかけるなど、本人と会社の状況が一致すればもう一度働いてもらえるような制度があってもよいのではないかという話をしています。
一番大事なのは取得者のキャリアに対する意識
──取得する従業員側の意識はどうなのでしょうか。
取得しようとする側の意識は分かれています。積極的に保育所を探して絶対に復帰しようと思っている人と、とりあえず育休を取れるところまで取ってあとはなんとかなるだろう、という人などがいますね。
このようなとき、復帰にあたって一番重要なのは、本人のキャリアに対する意識だなと感じます。
働き続けるための制度があっても、本人に働きたいという意思がなければ復帰はできないですし、復帰後も含めたキャリアのことをちゃんと考えていなければ、復帰をしてもただ職場に戻ることが目的になってしまいかねない。それでは本当に働き続けるという意識が薄れてしまうのではないか。
せっかく育休を取って復帰するのであれば、自分にとって働くことの意義も考えてほしいです。執筆にあたっては、そういう思いも込めたつもりです。
手引きを通じて思いを伝える
──今回の本は総務担当者に向けて書かれている本ですが、総務担当者は正しく手続きをすることと同時に、そうした本人の意識とその変化までつかんで対応しなければいけないということですね。
今回、読者特典としてダウンロードできる従業員向けと管理職向けの2つの「手引き」を用意しました。これは、総務担当者から従業員に向けて、産休・育休を取得するときから復帰後の働き方まで考えてもらうための情報を発信していけないかと思い、作成したんです。
制度を説明する資料は厚生労働省が作成したものなどが結構あるのですが、復帰に向けて何を意識しておかなければならないか、産休・育休を取得している間をどう過ごすべきなのか、などの情報を入れたいと思っていました。あとは、復帰後に一緒に働く人たちへの配慮も入れました。
総務担当者は様々な思いを抱きつつも、取得者の関心が高い社会保険の手続きなどに注力しがちです。だから、より広い範囲の情報を入れることで、総務担当者に役立ててもらおうと思ったのです。
また、「手引き」という冊子の形にすれば、担当者が産休・育休を取得する人に手渡すことで、対象者の手元に残ることになる。このほうが、情報が効果的に伝わるかなと。口頭では伝わらないこともあり、その場限りになってしまいます。
──手引きをまとめる段階で、必要な情報が整理されて手渡されることになりますね。
そうですね。手引きに会社の組織風土にかかわることについても入れてほしいと思いました。産休・育休を取得する人への会社のスタンスや各種制度など会社ごとに違う部分があるはずですから、総務担当者がアレンジしてもらえるようにパワーポイントの形式でダウンロードできるようにしました。
また、この本ではもうひとつ伝えたいことがありました。
子どもが1歳になるまで育休を取得することが最近は当たり前になっていて、復帰を前倒しする人はあまりいません。あっても子どもの入園に合わせて数か月前倒しというケースがほとんどです。
一方で、最近のビジネスの流れはすごく速くて、1年いないと置いていかれる。言うなれば「浦島太郎子」になってしまいかねない。
それは本人のキャリアを考えるうえでよくないことでもあると思っていて、キャリアのことを考えるなら早めの復帰を考えてもよいのでは、ということを強調したかった。
1歳になるまで育休は取れるけれど、取らなければいけないものではないんだよ、ということですね。