大手コンサルティングファームで数多くの企業変革に関わってきた高砂哲男氏は、著書『オペレーション トランスフォーメーション』で、企業がコロナ禍における“ニューノーマル”に適応するためには、「人材」のとらえ方を180度転換する必要があると指摘しています。社員のモチベーションを高めパフォーマンスを最大化する新しい組織のあり方を、高砂氏に聞きました。

個人の価値観を尊重しモチベーションを高める

ケイパビリティという考え方があります。ケイパビリティとは「企業が有するリソースを組み合わせて活用する組織能力」とされ、その構成要素は次のシンプルな式であらわすことができます。
ケイパビリティ=社員個人のパフォーマンスの総和×パフォーマンスを高める仕組み

組織能力を高めるために必要となる、人材のパフォーマンスを最大化することは、当たり前のようですがなかなか実現できていないのが実情のようです。

社員個人のパフォーマンスを引き出すうえで重要となるのは、社員個人のモチベーションです。では、社員のモチベーションを高めるために、企業は何ができるのでしょうか?

これからの時代、企業は「個人の価値観を尊重した支援を行なう」ことが求められます。仕事において個人の価値観が満たされていれば、モチベーションは自然と高まるからです。

そこで、まず個人の価値観を知るために、社員に次の3つの点について記入した自己紹介シートを作ってもらい企業内で共有します。

  • 仕事を進めるうえで大切にしていること
    (例)1人で考える時間を確保する/目標数値を達成するためにどん欲に働く
  • 仕事を進める際の自分のありたい姿
    (例)仕事を通じて課題解決スキルを高めて成長する
  • 仕事のキャリア上のなりたい姿
    (例)大企業の仕組みを変えていくことができる人材になる

同時に企業も、組織のコアとなる価値観を明文化し表明します。ここでいうコアとなる価値観とは、「組織が大切にしており、社員の活動や行動のもとになる指針」であり、より具体的なものが望ましいでしょう。

  • 組織のコアとなる価値観
    (例)新しいものを生み出す意識をつねに持つ/スピードを重視し、まずやってみる

そのうえで、「社員が共通して持つ価値観」と「組織の価値観」の重なり(コアバリュー)を見つけ出します。このコアバリューこそが、変革の「柱」になります。社員個人と組織の価値観の重なりが大きいほど、組織のモチベーションが高まるからです。

コアバリューが見つかったら、人材の変革や育成の中心に据えます。働く時間や場所といったワークスタイルを、コアバリューをもとに変革するのです。また、それぞれの社員が担当する業務内容や、役割・チーム構成(誰と組むか)といったことも、コアバリューをベースに考えるようにします。

こうした取り組みが、個人のモチベーションを高め、組織の一体感を生み出すためには効果的です。

「やるべきこと」に正解がない環境では「できること」からスタートする

これまでの人材育成・活用は、現場でのOJTと座学を中心とした「できないことをできるようにする」ことに力点が置かれていました。その前提には、比較的安定した事業環境がありました。企業として「やるべきこと」がある程度定まっていたわけです。

いまや、その前提は崩れました。

企業を取り巻く事業環境は日々激しく変化しており、企業の「やるべきこと・やらなければならないこと」は定まっていません。やるべきことに環境を合わせて変化させながら、変化の時代に柔軟に対応していくことが求められているのです。

「やるべきこと」に正解がない事業環境では「できないこと」ではなく「いま、できること」を基点に、個人のスキルを最大限に活用し、そのうえで足りないものを補う。そのほうが、個人が力を発揮しやすく、結果的に組織のパフォーマンスも上がります。

個人の強み・スキルを把握している経営トップは少ない

危機が頻繁に訪れる事業環境の中では、多様なスキルを持つ個人がそれぞれ異なる強みを活かし、ときに組み合わせ、業務を臨機応変に変えられる組織が強さを発揮します。

したがって、「個人の価値観」を知るのと同様に、「個人がすでに持つスキル」を洗い出し、把握しておくことが必要となります。この個人のスキルは「知識」「技能」「思考力」「対人力」「マネジメント力」といったものです。

「社員はどういうスキルを持っているのですか?」
「社員が持つ、強みとなるスキルは何ですか?」
「社員はどういう状態ならパフォーマンスを発揮するのですか?」

自社の社員のスキルが足りないと嘆いている経営トップに限って、このような問いにすぐに回答できません。

それぞれが持つ強みを把握して業務に最大限活かすことができれば、自然と組織のパフォーマンスが上がっていきます。

まずは、個人のスキルや強みを可視化し、それをベースに業務を組み立てます。そして、個人の持つスキルや強みを「汎用化」し、活用場面を広げていくのです。

個人のスキルを可視化し、汎用化する

多くの企業では、個人のスキルを「業務経験」と密接に紐づけてとらえてきました。しかし、本来スキルというのは、様々な業務や場面で活用できるものです。業務経験とスキルの結びつきを解きほぐし、個人の強み・スキルを「汎用化」することが重要です。

たとえば、「コミュニケーション能力」が高い人のスキルを汎用的に見れば、気配り上手で「共感力」や「傾聴力」に優れていると捉えることができます。よって、営業職に限らず、社内外にいる自分にとっての顧客の細かいニーズを引き出すことが求められる業務に配置することもできるのです。

個人の汎用スキルを高めるために、企業そして経営トップは何ができるのでしょうか。

それは、汎用スキルを高めるための「場」を自らが積極的に創り出すとともに、汎用スキルの育成に時間(工数)とお金を投下することです。

日本企業の教育・トレーニングに対する投資は、先進国で最低水準だと長らく言われ続けています。また、企業内の教育・トレーニングは、現場のOJTと座学が中心です。

しかし、OJTは既存の業務をうまく行なうことが目的となっています。また、座学は知識習得を目的としたものが多く、実際に現場では役に立たないものも含まれています。これでは汎用スキルの実践的な育成にはなかなかつながりません。

必要とされるのは、実務から得られた学びを汎用化するトレーニングです。個人ごとに、実務で行なっていることは異なります。内容もタイプも難易度も様々です。しかし、そこで学んでいることには、他の業務や職場でも使える「共通性」があります。

特定の業務から得られる、この「共通性」を見つけて可視化し、それを情報として整理し、実際に業務を別の場面で使ってみる。すなわち、次のサイクルを回すトレーニングを、実務を題材にして行なうことが効果的です。

共通性の可視化 → 情報の定型化 → 別場面での転用化

こうしたサイクルを回すトレーニングを行なうことで、様々な業務の「自分事化」が進み、汎用スキルを高めていくことができます。まずは、いまいる社員の強み・スキルと、組織が必要なスキルを洗い出して可視化します。そのうえで、組織が必要とするスキルとマッチングしていくと、どうしても足りないスキルはそれほど多くはないことがわかります。

少子化や労働市場の流動化によって、人材の確保が難しい状況が続いています。汎用スキルの育成・活用に積極的に取り組めば、「あの組織で働けば、ほかの組織でも役に立つスキルが得られて、いろいろな企業や職場で活用でき成果が上げられる」という評判も自然と生まれます。結果的に良い人材が集めやすくなり、パフォーマンスも必然的に高めやすくなるのです。