「パナマ文書」の流出から3年。流出報道後に各国政府が富裕層や企業から徴収した税金、罰金の総額は、1300億円を超えるそうです(朝日新聞)。最近もドイツの資産家や銀行がこの文書の内容にもとづいて家宅捜索されるなど(ブルームバーグ)、その余波はいまだに続いています。

パナマ文書はなぜこれほど世間を騒がせ続けるのでしょうか。日本では数少ないタックスロイヤー(税法・税務に強い弁護士)として知られる西中間浩弁護士に、「タックス・ヘイブン」とあわせて解説してもらいました。

※本稿は、西中間浩著『日本一やさしい税法と税金の教科書』の一部を再編集したものです。


タックス・ヘイブンに会社を設立するのは自由だが……

日本よりも法人税率が低い国や地域はたしかに存在しますし、国際的に事業を展開している会社にとっては、海外に拠点を設けても事業運営上はあまり問題ないという場合もあります。だったら、何も日本にこだわることはないですよね。日本よりも法人税の低い地域に法人格を移してしまうことは、企業活動として“合理的”といえます。

そこで登場するのが、「タックス・ヘイブン」です。何かと話題になることが多いので、一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。

法人税の低い地域のなかでも極端に税率の低い国や地域が、「タックス・ヘイブン」と呼ばれています。

ちなみにタックス・ヘブン(tax heaven 税金天国)ではありませんよ、タックス・ヘイブン(tax haven 税金を回避する港)です。タックス・ヘイブンは南の島に多いこともあってか、イメージとしてはヘブンであってもぴったりはきます。

タックス・ヘイブンに会社を設立するのは、個人や会社の行動としては、まったくもって自由です。ただしその会社を使って海外で事業をやっている分にはよいのですが、内実は会社を日本で経営しているのと変わらず、日本人相手に商売をして利益だけをタックス・ヘイブンに作った会社に納めて、税金は一切日本に払わない……となると、日本で商売してまじめに納税している人からみれば不公平です。

しかも、税金を取られない分だけ商品の値段を下げることもできますから、有利に企業活動をすることができます。これでは公正な競争をしているともいえなくなってきます。

「タックス・ヘイブン対策税制」とは

このような不公平や不公正を招いてならない、税金は公平に課されなければならないということを指して、税金の世界では「課税の公平」という言葉が用いられます。

「課税の公平」を図るため、日本ゆかりの個人や法人がタックス・ヘイブンにため込んだ利益にも、日本の国が課税することができる税制が設けられています。その名も「タックス・ヘイブン対策税制」です。海外の所得を合算して課税しますので、「外国子会社合算税制」とも呼ばれます。

このような制度があるのは、もちろん日本だけではありません。それぞれの国がさまざまに知恵を絞って、自国よりも税金の安い国へ所得を移そうとするグローバル企業に対して、似たような国際課税の仕組みを作って対抗しています。

しかし、そのような対策を取っていてもなお、タックス・ヘイブンを利用する高額所得者はあとを絶ちません。

やはり、そこにはそれなりの節税効果が見込めるから、ということでしょう。

「パナマ文書」が問題となった理由

2016年4月、「パナマ文書」というものが世間を騒がせました。

「パナマ文書」とは、具体的にはパナマに設立された多数の弁護士を抱える法律事務所、モサック・フォンセカにおいて1970年代から蓄積されていた、過去の取引情報のことを指しています。

この法律事務所は、世界中の大手金融機関と提携して、外国人や外国法人向けに法人の設立と資産管理サービスなどを行っていました。そして、このサービスの多くは、タックス・ヘイブンで提供されていました。

顧客リストには、世界中の著名な政治家やその親戚、実業家、スポーツ選手、タレントなどの名前があがっていたのですが、どうしてこの情報があんなに騒がれたのだと思いますか?

先ほども述べたとおり、タックス・ヘイブンを経由して取引をすることは、別に違法でもなんでもありません。

問題は、それらの国では匿名での会社設立や口座の維持が認められているため、誰の会社、誰の口座なのか、表向きはわからないことになっていたことです。そのため、その会社に利益が出たり、不正な利益が流入したりしても、誰の利益になったのかがわからず、各国の課税当局は手を出せませんでした。

つまり、これらのサービスを利用することで所得を隠したり、不正なお金をきれいにしたりすることが簡単にできたわけです!

法律事務所には守秘義務がありますから、大切な顧客の情報をおいそれと外部に勝手に公表することはできません。それが、何者かによって外部に漏らされてしまったのです。

高額所得者が税金を逃れていたり、著名な政治家が、自分やその親戚は所得を適正に申告せずに税金を納めていなかったりといった実態が浮き彫りとなり、世界的に大問題となったわけです。

タックス・ヘイブンを経由した取引自体は合法ですが、匿名の会社や口座を作って所得を隠していたということになると、それは節税をとおり越して「脱税=犯罪」です! 

また脱税とまではいえなくても、本来、より多くの納税をすべき高額所得者や率先して税金を納めるべき政治家などわたしたちのリーダーが節税対策に余念がなかったということ自体が、倫理的にみて問題となったわけです。

BEPS(ベップス)とは

これはいくらなんでもまずいでしょう、ということで、各国の税金に関する法律の違いを利用したり、所得を意図的に分散させたりすることによって得をしたりすることがないように、国際的なルール作りをしようという提言が国際機関によって活発になされるようになりました。

税金の問題を国際的に議論する機関として有名なものに、パリに本部をおくOECD(経済協力開発機構)があります。OECDの租税委員会は、高額所得者の行き過ぎた節税行動を問題視し、これを封じ込めるためにBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転という意味で、略して「ベップス」と称されています)と呼ばれるプロジェクトを立ちあげました。

そして2017年6月7日、同委員会の活動が実を結び、BEPS防止措置実施条約が署名されるにいたりました。

この条約では、

1.各国間の法律の違いで生まれる税金の“穴”の発生を防止すること
2.租税条約のいいところ取りをして悪用したり、「恒久的な施設」と認定されないために人為的に事業を組み立てたりするような租税回避行為を防止すること
3.政府間の相互協議を効果的に行っていくこと

などが定められています。

基本的に、国同士は税金の取り分をめぐって争うことが多いのですが、税金を免れようとするグローバル企業に対しては、お互いに協力して闘っていこう、というわけです。

もっともこの条約は、自国のみならず相手国もこの条約を留保なしで受け入れなければ、既存の租税条約を書き換えて適用されることはありません。この問題を解決するためには、各国が足並みをそろえて積極的な取り組みを図る必要があります。

日本はすでにこの条約を受け入れ、2019年1月1日に発効しています。しかしながら、大国アメリカはこの条約に参加しないことを表明しており、2019年1月1日現在で署名していません。

というわけで、なかなか道のりは厳しそうです。


著者プロフィール

西中間浩(にしなかま・ひろし)

1971年生まれ。東京大学文学部行動文化学科卒。外務省勤務を経て、東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻(ロースクール)修了。2011年1月より、鳥飼総合法律事務所弁護士。第二東京弁護士会(民事介入暴力対策委員会、国際委員会)所属。2017年4月より、青山学院大学法学部非常勤講師(法学ライティング)。2019年5月より、税理士登録。主な取扱分野は、税務、企業法務、事業承継・相続など。著書に『債権法改正と税務実務への影響』(木山泰嗣 監修、税務研究会出版局)、共著に『使う?使わない?新・事業承継税制の活用法と落とし穴』(新日本法規出版)、『新・実務家のための税務相談(民法編)』『新・実務家のための税務相談(会社法編)』(以上、有斐閣)、『違法ダウンロードで逮捕されないための改正著作権法』(朝日新聞出版)など。このほか、『税務通信』『月刊税理』『税と経営』など税務専門各誌で判例評釈を行っている。