日本では「法治主義」の名のもとに、様々な権利・義務・制約(禁止事項含む)が法律によって定められています。国内法にはその頂点である憲法を筆頭に、民法・刑法・商法(会社法)・民事訴訟法・刑事訴訟法(ひっくるめて「六法」)が存在し、それらの細部を詰めていくように個々の法律(ex. 各種行政法や労働法、借地借家法など)が定められています。

仮に、これらの法律がなかったらどうなるでしょうか? そうした「周囲にいるのはいつもと同じ人なのに、“法律がない暮らし”が当然のことと思っている」という異世界に飛ばされた中学生・ジュリの視点を通じて書かれた法律小説『もしも世界に法律がなかったら』(木山泰嗣著、以下本書)から一部を見てみましょう。

憲法のない架空の世界

「次のニュースです。銀行員の家系に生まれたにもかかわらず、パイロットになりたいなどと奇想天外な言動を繰り返していた中学生の男子が、先ほどタイホされました」

登校前。寝起きに目玉焼きとロールパンを食べながら、ボーっとみていたテレビだった。奇想天外なのは、ニュースのほうじゃないか。ジュリは一気に目が覚めた。
「意味わかんない。なんでタイホされちゃうの、この人。パイロットになりたいなんてステキじゃん。ねえママ、かわいそすぎだよね」
「ほんとよね。かわいそうだわ」
「それ。ほんと、おかしすぎる。どうなってるんだろう?」
「ほんとうに、おかしいわ。その男の子」

「えっ? ニュースじゃなくて、タイホされちゃった男の子が?」
「当たり前じゃない」
「だって、いま、かわいそうって……」
「かわいそうなのは、ご家族でしょう。ご先祖様も浮かばれないわ。銀行員の家系なのにそれを抜け出そうとするなんて、許されるわけないでしょう」

(本書P.27-28より)

職業選択の自由

憲法は日本の最高法規として「国としての在り方」から「国民の権利」など、およそ国の基本が定められた法規です。そのうち、国民の権利の一つとして「職業選択の自由(22条)」が定められています。

日本国憲法 第22条
1. 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2. (省略)

仮にこの自由を規定する憲法がなかったとしたら、本書引用部分に書かれているような「銀行員の家系なのにそれを抜け出そうとするなんて、許されるわけがない」という、とんでもない考え方が普通になってしまいます。

ただ、憲法では条文中の下線部のような「公共の福祉に反しない限り」という条件が付けられています。これは医師や弁護士のように、生命・財産など国民生活の重要な部分に携わる「専門的な知見が必要な職業」は、国家資格を取得しない限り就業できないと定めています。この下線部は、そうした一部の“条件付き”職業は除外する目的によって付記されています。

民事訴訟法のない架空の世界

「それでは、判決を言い渡します」
裁判所の法廷が静寂につつまれた。どのような判決が下されるのか、当事者である夫婦も傍聴人も耳を傾むけている。

「二人とも離婚しなさい。以上」
「えっ?」原告も、被告も、驚いた顔をした。
「もう離婚したほうがいいですよ」
裁判官はニヤリと笑った。金色の法服を光らせながら。

「あの、さ、裁判長。わたしたち、離婚なんて求めてないです」原告席に座っている男(夫)がいった。
「そうです。離婚なんて求めてないです」被告席に座っている女(妻)も同調した。

「なにをおっしゃる。いいです? 裁判官はだれですか? 裁判官は裁く権利を持っているんです。知ってますよね」
「はあ」原告の男と被告の女はため息をついた。
「裁判官は、わ・た・し・で・す」
男と女は下を向いた。

「だ・か・ら。ね? リ・コ・ン・し・な・さ・い。以上」

(本書P.212-213より)

民事裁判がまともに機能するための要件

民事訴訟法(民訴法)は「適正かつ迅速な民事訴訟制度の構築を図る」ことを目的として制定されています。その原則として「処分権主義」「弁論主義」があります。このうち、処分権主義の原則についてみてみると

処分権主義の原則

  • 訴訟手続の開始
    原告が訴え出ない限り、裁判を開始しない
  • 審判範囲の特定
    原告が訴えた範囲内でしか判断しない
  • 訴訟手続の終了
    当事者の意思があった場合(ex. 原告による訴えの取り下げ、和解など)、そこで審判を終了する

などが挙げられます。それを念頭に「民事訴訟法のない世界」を書いた引用部をみると

「あの、さ、裁判長。わたしたち、離婚なんて求めてないです」原告席に座っている男(夫)がいった。
「そうです。離婚なんて求めてないです」被告席に座っている女(妻)も同調した。

(中略)

「だ・か・ら。ね? リ・コ・ン・し・な・さ・い。以上」

原告が求めている部分を踏み越えた判決を下す、つまり「審判範囲の特定」を踏み越えていることがわかります。

「審判範囲の特定」は、民事訴訟法では246条で定められています。

民事訴訟法 246条
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

ここでは国の最高法規である「憲法」と、普段の生活に関わる機会は少ないながらも無いと困る「民事訴訟法」、それぞれがなかった場合のifを見てみました。

本書は中学生で読めるレベルの文体で書かれた法律小説ですので、「他の六法(民法・刑法・刑事訴訟法・商法(会社法))がなかった場合はどうなる?」と気になる方は、ぜひ読んでみてください。