日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/04/28 10:56

東海道ウォーキング、2日目は宿泊した刈谷から名鉄で矢作川橋駅に戻って再開。このあともほぼ名鉄線沿いに進む。また国道1号線と重なる部分も多く、東海道を歩いているというよりは、交通量の多い道を名古屋に向かって進んでいる感じだ。
安城を過ぎると池鯉鮒宿に入る。「ちりゅう」は旧仮名遣いでは「ちりふ」と書くため、「池鯉鮒」という漢字があてられていた。現在では「ちりゅう」という音に沿って「知立」となっている。ここは馬市が立ったことで有名で、歌川広重の「東海道五十三次」でも「首夏馬市」として描かれている。

豊明の手前で三河国から尾張国に入る。その境目が境川である。東海道では、武蔵国と相模国の境も境川であった。境川に架かる境橋を渡って尾張国に入る。ここからは東海道7か国目の尾張国である。

豊明、前後を過ぎ、名鉄中京競馬場前駅で街道をそれて左に入る。この付近が有名な桶狭間の古戦場である。今川義元の本陣のあった場所には諸説あるが、「桶狭間古戦場伝説地」が国指定史跡として整備されている(近くには「桶狭間古戦場公園」もある)。

この桶狭間のすぐ先から、間の宿として栄えた有松宿である。その街並みは重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)として整備されており、有松絞でも有名。この付近では外国人観光客の姿も多くみられた。
有松宿は名古屋市である(名古屋市緑区有松)。すでに日が傾いており、今日の目的地宮宿(名古屋市熱田区)を目指して先を急ぐ。笠寺、呼継(よびつぎ)を通過して、ぎりぎり日没直前に七里の渡し跡にたどりついた。東海道はここから渡し船となる。

この先にある木曽・長良・揖斐の木曽三川は大雨の度に氾濫を繰り返し、その河口付近は中洲や島が散らばる沼沢地であった。ここに街道を通すことはできず、宮宿から伊勢桑名へは舟で渡ることになっていた。
これで東海道の旅も愛知県が終了。次回からは三重県の旅となる。