日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/03/31 10:14

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、竹中直人演じる松永久秀が不気味な存在感を出している。この松永久秀、「主家乗取り」「将軍暗殺」「東大寺焼討」という3大悪事を働いた人物として歴史小説などではおなじみだが、近年実像はやや違うともいわれている。
松永久秀の出自は不詳。かつては山城西岡(京都市右京区・向日市・長岡京市付近)の商人の出で、一介の商人から戦国大名となった下剋上を代表する人物といわれていたが、近年は摂津国上郡東五百住(大阪府高槻市東五百住)の土豪の出とみられている。『摂津名所図会』にも同地に松永屋敷跡が記載されているなど、それなりの武士階層の出身らしい。
久秀と同郷の西岡の出身で、1代で牢人から大名に成りあがったとされていた斎藤道三は、現在では実は親子2代にわたる下剋上であることがわかっている他、同じく牢人出身と言われていた北条早雲は室町幕府政所執事を務めた名門伊勢家の分家の出であるなど、1代での下剋上物語は減少しつつある。
ただし久秀(弾正)の前半生は不明で、30歳代前半になって歴史に登場する。天文年間に三好長慶の右筆となると、やがてその家宰となって活躍。そして北大和を制して信貴山城を築城した。
長慶の没後は三好三人衆とともに将軍足利義輝を弑して事実上畿内の実権を握ると、今度は三好三人衆と対立、東大寺大仏殿を焼いている。そしてその翌年には入京した織田信長に従った様子が「豊臣兄弟!」で描かれていた。久秀は信長から大和一国を安堵されたものの、結局信長に叛き、子久通とともに自刃して滅亡した。
なお、久秀自身は将軍暗殺には直接かかわっておらず、実行したのは息子の久通であるとされている。東大寺焼失の原因も諸説あり、いずれも久秀が意図しておこなったものではないといわれ、久秀のイメージも変わりつつある。