人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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東海道を歩いてみた2019(通算23) 丸子から宇津ノ谷峠へ

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2019/05/27 14:51

旧東海道は手越を過ぎると東海道本線と離れ、山間の谷へ入っていく。この谷の途中にあるのが、丸子宿だ。丸子宿は鞠子とも書き、古くは「麻利子」とも書かれている。東海道の中では小さな宿場で、旅籠は24軒とかなかったという。そのせいか、今では宿場の風情はあまり残っていない。

ところで、丸子宿といえばとろろ汁が名物だ。歌川広重「東海道五三次」の鞠子宿でも、中央に1軒のとろろ汁屋が描かれている。

これが丁子屋で、十返舎一九『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛と喜多八もこの店で注文したが、主人夫婦の喧嘩の為に食べ損ねている。丁子屋は今でもあり、東海道を歩いている人はほとんどいないが、店の前に人が並ぶほどの人気だった。

鞠子宿を過ぎると、いよいよ東海道の難所の1つ宇津ノ谷峠に差し掛かる。道の駅宇津ノ谷峠の脇から細い道に入ると、やがて街道の風情を残す宇津ノ谷の集落があり、この先から突然旧道は山中に入っていく。当時の道幅は9尺(約2.7m)だったという。

昼なお暗い山道をしばらく歩くと峠の頂上に着き、少し下ったところで再び舗装した道路に合流した。ここからは次の岡部宿までごく普通の田舎道を歩くことになる。

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