人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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東海道をあるいてみた(15)

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2010/05/31 10:56

しばらく海沿いの道を歩くと、東田子の浦につく。「田子の浦」といえば、山部赤人の歌、「田子の浦ゆ 打ち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪はふりける」である。そこで、松林を通り抜けて田子の浦の浜に出てみた。



田子の浦


前は駿河湾で後ろは富士山、左手には伊豆半島がみえるという雄大な景色は昔と変わらない。しかし、現実にはものすごい変化を経てきているはずだ。というのも、私がはじめて「田子の浦」という言葉を聞いたのは、確かヘドロのニュースであった。後に知った「田子の浦」の歌も、ヘドロの海も昔はきれいだったんだなぁ、という感想だった。

さて、東海道に戻って少し歩くと、目的地の吉原宿につく。吉原には「左富士」という名所があった。江戸から京に向かって東海道を歩くと、必ず右手に富士をみて歩くことになる。ところが、吉原宿手前の1ヶ所だけ、富士を左手にみるところがあるというのだ。


東海道線のすぐ南側にある旧道を歩いていると、吉原駅の手前で道が突然直角に右に折れて東海道本線を渡る。さてはと思い、曲がり角付近を探すと、案の定「左富士」の案内がみえた。



左富士の案内表示


この日は富士山が霞んでいたためはっきりとはしなかったが、道の左側によると確かに富士山が正面よりやや左手にみえる。広重の浮世絵では、道がもっと急にカーブしていたように描かれている。



左富士



上の写真の○で囲んだ部分中央にある、やや白くなっている箇所にあります
*この写真は、編集部にて元写真を明るさ・コントラスト調整したものです。


吉原駅についたのは午後5時半。まだ明るかったので岳南鉄道ジヤトコ前まで行きたかったが、帰りのことを考えて断念、吉原駅から帰宅の途についた。それでも、各停を乗り継いで家についたのは10時。やはり各停の旅は限界のようだ。
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