トラブルが起きて初めて「そこにリスクが潜んでいた」ことに気づくのはよくある話です。しかし、事業を継続していくには、まだ表面化していないリスクを予測し、備えることが大事です。会社の日常業務に潜むリスクと、その対応策を弁護士・横地未央氏が解説します。

※本記事は月刊「企業実務」の連載・「まさか!」に備える総務のリスクマネジメントを転載したものです。本連載のバックナンバーはこちら

「働き方改革」という言葉をよく耳にするようになった今日においても、長時間労働が原因となってうつ病等を発症し、最悪の場合、自殺にまで追い込まれてしまうケースは後を絶ちません。

厚生労働省が発表した資料によると、精神障害に関する労災請求は令和元年度が2060件であったのに対し、令和5年度は3575件と増加の一途をたどっています(厚生労働省「過労死等の労災長時間労働による労災請求のリスク補償状況」)。

ひとたび長時間労働を原因とする労災事件が起きた職場は、いわゆる「ブラック企業」として認識され、企業価値を大きく損ないます。また、労災請求に加え、うつ病等を発症した従業員やその遺族から、会社が職場を安全に保つ義務を怠ったとして、多額の損害賠償請求がされることがあります。

精神障害による労災の認定基準とは

そのような事態を防ぐには、まず、うつ病等の精神障害の発症の一因となる長時間労働を是正することが必要です。

そもそも労災とは、労働者が業務上または通勤中に怪我などをした場合に必要な保険給付を行なう制度です。労災の対象となる典型例は、業務中に骨折などの怪我をした場合です。

これに対し、精神障害を発症した場合は、業務によって精神障害を発症したのかどうか、はっきりとしません。そこで実務上は、厚労省の定める「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」といいます)に照らして判断されています。

認定基準の定める労災認定要件は次のとおりです。

  1. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  2. 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個人のストレスに対する反応のしやすさにより発症したとは認められないこと

特に重要となるのは2の要件です。2を判断するにあたっては、いわゆる「過労死ライン」といわれる1か月100時間、2か月~6か月平均で80時間の時間外労という基準が用いられます。

この基準に照らして、長時間労働が原因で精神障害等を発症したかが判断され、1日の労働時間に換算すると、20日出勤の場合で1日4時間程度の残業が目安となります。そのほかにも、「新規事業や大型プロジェクトの担当になったか」「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があったか」などが考慮されます。考慮事項は、認定基準で細かく具体的に規定されています。

また、3については、業務以外の心理的負荷について、認定基準で規定されている出来事が複数あったかで判断します。たとえば、自分が離婚または配偶者と別居した、配偶者・子ども・親または兄弟姉妹が死亡した、引越しをした、失恋・異性関係のもつれがあったかなどです。あわせて精神障害の既往歴があるか、アルコール依存状況があるかについても考慮されます。

長時間労働が原因と認められたケース

このような基準に基づいて、長時間労働による労災が認められたケースには、次のようなものがあります。

自殺は本人の意思によるものであるとされていた風潮を変えたのが、大手広告代理店の新人社員が、恒常的な長時間労働に従事した結果(本人が申告したのは月48時間~78時間程でしたが、本来の残業時間はこれを優に超えていると認定されています)、うつ病を発症し、自殺したケースです(最高裁平成12・3・24)。

このケースは、使用者が負う「職場を安全に保つ義務」に、労働者の心身の健康に対する配慮が含まれることを示した点でも注目されました。過労死ラインを超えるような長時間労働でなくても、長時間労働による労災が認められた例もあります(仙台高判令和2・1・28)。

このケースでは、時間外労働は月平均80時間を下回るものの、従業員が適応障害を発症し、その後も決算月などの対応で長時間労働していたことが推測され、そのような状況で上司から叱責されたことに過敏に反応したため自殺したとして、労災認定をしています。

さらに最近では、長時間のテレワークで労災が認められたケースがありました。新型コロナの感染拡大に伴いテレワークをするようになった経理担当の従業員が、新しい精算システムの導入などで業務が増え、適応障害を発症したというものです。直前2か月の残業時間は、1か月あたり100時間を上回っていました。

労災の発生を防ぐには

長時間労働による労災発生を未然に防ぐには、次のような対策が大事になります。

1 時間外・休日労働時間の削減

時間外・休日労働時間が長くなればなるほど健康障害が生じるリスクは高まります。時間外・休日労働時間を削減すれば、健康障害のリスク、ひいては長時間労働を原因とする労災が生じるリスクは低減します。

時間外労働の上限は、臨時的な特別な事情があって労使が合意した場合を除き、原則として月45時間、年360時間です。この基準を念頭に、実労働時間を把握し、適切な人員配置を確保します。

2 健康管理体制の整備・健康診断の実施

長時間労働に伴う従業員の心身の不調に、会社がいち早く気づき、対応することも重要です。健康診断で異常の所見があった者については、従業員まかせにするのではなく、会社として医師の意見に基づいた適切な事後措置を講じます。

場合によっては、長時間労働者に対し、医師による面接指導を積極的に活用することも検討します。あわせて、いま現在、個々の従業員に問題が生じていないかを確認する必要もあります。下表の項目に多く当てはまる従業員がいる場合は要注意です。

仮に、業務の都合上、長時間労働が続いてしまった場合は、当該従業員に対して、会社としてしっかりとコミュニケーションをとり、健康状況も含めたフォローをしていくことが必要です。


執筆者:鳥飼総合法律事務所弁護士・横地未央

首都大学東京(現・東京都立大学)法科大学院卒業。国家総合職として勤務後、鳥飼総合法律事務所入所。第二弁護士会高齢者・障がい者総合支援センター所属。