生産性向上のためにも、人手不足に対応するためにも、もはや中小企業のデジタル化は待ったなしの状況です。本コラムでは、『中小企業のための 会社を正しくデジタル化する方法』(小社刊)の著者が、資金も人材も限られる中小企業がデジタル化に成功する方法を解説します。
※本記事は月刊「企業実務」連載コラム・「絶対に失敗しない! デジタル化の進め方」を一部編集のうえ転載したものです
これまでのコラムは、いわゆる戦略とか戦術に近い話をしてきましたが、今回からは、社内で「どのようにデジタル化プロジェクトを進めてゆけばよいのか」について、より具体的な手法を説明していきます。
デジタル化の成功に不可欠な「改革の主戦場」とは?
普通なら、明確な目的や目標もなく何かに設備投資することはあり得ないはずです。にもかかわらず、デジタル化の場合、そうしたことが起こりがちです。
「ソフトウェアを導入すれば、この仕事は楽になるはずだ」
「このシステムを使えばペーパーレス化ができる」
その程度の曖昧な目的でデジタル化投資をしてしまうケースは少なくありません。その結果、思い描いていたような効果が得られず、投資が回収できないといった失敗につながるのです。
デジタル化投資において重要なのは、最初に「何を得るためにデジタル化を進めるのか?」という骨子を決めることです。
デジタル化プロジェクトの場合、関わる社員も多く、工期も比較的長くなるので、途中で方針がぶれないようにするには、骨子を定め、それをメンバー全員が共有して守り抜くことが必須となるのです。
ところが現実には、その大事な骨子を思いつきで決めてしまうことが多いものです。しかし、骨子がグラグラでは、難しい判断を下す必要が生じたときなどにメンバー同士の認識が揃わず、意見がバラバラになってしまいます。
社内のベクトルをひとつにしてデジタル化に邁進できるよう、その骨子は、社長の持つ経営課題と現場の課題の両方が解決されるものでなければなりません。デジタル化に関わる全員が、その骨子に“納得する”ことが重要なのです。
さらに、ここに「中小企業のデジタル化と「顧客接点」の良好な関係」で説明した「顧客接点改革」の要素を少しでも取り込み、成長の柱にすることも肝要です。筆者は、このいわばデジタル化の求心力となる強い骨子のことを「改革の主戦場」と呼んでいます。
わざわざ勇ましい単語を使うのには理由があります。デジタル化の骨子を「改革の主戦場」として強烈に意識づけることで、それ以外の要素は状況に応じて優先順位を下げる、場合によっては先送りするなどの判断が容易にできるようにするためです。
改革の主戦場を定めずにデジタル化を進めると、「あれもやりたい、これもやりたい」が噴出し、プロジェクトがなかなか進まないどころか、投資金額が膨らみすぎて進めることができない規模になってしまいがちです。
実際、デジタル化に失敗した会社の話を聞くと、「議論がまとまらなかった」とか「規模的に無理だった」といった声をよく聞きます。これらはひとえに、改革の主戦場の設定をしなかったために起きたことです。逆に、改革の主戦場を明確化できれば、あとの活動は相当スムーズになるはずです。
社長の課題と現場の課題を紐づける
ところが、いざ改革の主戦場を設定しようとするとき、よく「社長の課題解決を骨子にしよう」と安易に決めてしまうケースがあります。
社長は常に経営課題の解決を考えていますから、頭に浮かぶ骨子も、どうしても経営者目線から見た課題解決の方向に流されがちです。たとえば、「顧客単価を上げる」とか「原価を削減する」などが代表的な例です。
しかし、これではメンバーを一丸とする骨子としては曖昧すぎます。顧客接点の考え方も反映されておらず、企業成長に貢献するデジタル改革の主戦場としては迫力不足です。社員のモチベーションも維持できないでしょう。
一方、現場にも現場なりの課題がいくつもあるので、その解決を骨子にしようとするケースもあります。「作業ミスが発生しないような仕組み」とか「作業時間を短縮するための事務作業のソフトウェア化」などがその例です。
しかし、こういった作業合理化だけを骨子にしてプロジェクトを進めてしまうと、導入するソフトウェアの投資金額を回収できるほどの効果が上がらないことは、「あなたの会社はどこに? 企業のデジタル化レベル」で解説しました。
では、どうすればよいのでしょうか? その答えは、会社のなかのあらゆる階層の課題を拾い上げ、関連性を紐解くことにあります。
たとえば、小売業を営む社長が「顧客単価を上げたい」と思って施策を講じても、なかなか達成できないとき、その原因が「店頭の社員の手が回らず販促施策が展開できていない」「販促施策の効果を把握できていないので、社員のモチベーションが続かない」といった現場の課題にある、というのはよくあることです。
製造業の社長が「数字がなかなかあがってこず、生産性が把握できないので対策が考えられない」と悩んでいるのに対し、忙しい現場では「製造実績の報告は手間がかかるから、後回しにしたり、間引きしたりしている」ということもよくあります。
社長の考える経営課題と、潜在化している現場の課題は、実は深い階層で紐づいていることが多いのです。
これらの関連性をきちんと紐解くためには、複数の部門にまたがる社内プロジェクトの発足がどうしても必要となります。当然、社長もプロジェクトに参画します。現場のキーマンも漏れなく招集し、まず、それぞれが遠慮や忖度なく、課題を拾い上げるところから始めます。
会社の規模にもよりますが、数十~100件程度の課題はすぐに出てくるでしょう。それらを1件も漏らすことなく書き出し、親和図などの分析手法を使って、メンバー全員で議論しながら課題をグループ化します(下図)。
全員が課題をきちんと理解し、議長役がうまく議論をリードすることができれば、課題のグループ化は必ずできます。そして、経営課題と現場の課題の関係性も見えてくるはずです。
経営課題が絡んでいる現場課題のグループを選ぶことができれば、それが「改革の主戦場」として定めるべきものです。
拾い上げた課題が多い場合は、侃々諤々の議論になると思いますが、会社の命運をかけた骨子を決定する段階です。ぜひ、十分な議論を尽くして、納得のいく主戦場を決めていただきたいと思います。
著者profile
鈴木純二(すずき・じゅんじ)
ベルケンシステムズ代表取締役。IT導入コンサルタント。大手OA機器メーカーでハードウェアエンジニアを経験後、情報システム部、ネット経営戦略責任者等を歴任。独立後、製造業、サービス関係の企業のIT導入を支援する事業を展開する。