解決策ではなく、「問題」に恋をしよう──
2社のユニコーン(Waze、Moovit)を生み出し、Googleに11.5億ドル、intelに10億ドルでイグジットした稀代の起業家ユリ・レヴィーン。自身の経験や思考の軌跡をもとに、起業アイデアから資金調達、ユーザー理解、イグジットまで、スタートアップにかかわるすべてを語った著書の邦訳版『Love the Problem 問題に恋をしよう』が発売されました。伝説的な起業家たちがこぞって絶賛する本書のイントロダクションを公開します。
┃推薦の言葉┃
Apple共同創業者 スティーブ・ウォズニアック
──ユリはありふれた退屈な講師ではなく、わかりやすい事例を通じて学びたくなる雰囲気を作る、魅力的な教師だ。本書は、起業家の人生を変える「バイブル」となるだろう
Netflix共同創業者 マーク・ランドルフ
──アイデアを実現させるためのアドバイスを求めているなら、本棚に置く価値がある。意欲的な起業家はみんな読むべきだ
『Love the Problem 問題に恋をしよう』ユリ・レヴィーン著/樋田まほ訳──イントロダクション
運命的なグーグルからのオファー
2013年5月の終わり、私が6年前に創業したウェイズ(Waze)に、グーグルから連絡がきた。1枚のタームシート[買収交渉で合意した基本事項を箇条書きで示した紙]が提示された。
買収金額は11億5000万ドル。しかも現金だ。ウェイズの名前はそのまま残る。今後も通勤者の渋滞回避を支援するミッションを遂行でき、会社の業務は引き続きイスラエルで行なえる。
グーグルは買収手続きを1週間以内に完了させると言った。
私たちはイエスと返事をした。
手続きの完了までには10日かかったが、それでも記録的な速さだった。手続きは確定的なものだったが、グーグルとの話し合いは、6カ月前から続いていた。
2012年から2013年にかけての冬、グーグルから「ウェイズの買収に興味がある」と連絡がきた。しばらくして、ウェイズの経営陣は、グーグルの「秘密の部屋」に招かれた。グーグルがオファーを行ない、買収への合意を説得するための部屋だ。2012年12月のオファーは、気に入らずに断った。6カ月後、まったく異なる金額で二度目のオファーがきた。
スタートアップの起業は、起伏の激しいジェットコースターの旅だ。資金調達は暗闇を走るジェットコースターだ。次に何がくるのかさえわからない。
買収のクロージングはさらに桁違いだ。複数の買収取引(しかもどの取引も人生を変える出来事になる)について交渉しているときは、スタートアップの旅で最も刺激的な瞬間だ。買収時の感情のジェットコースターについては、「イグジット」の章で詳しく説明する。だが、1つだけ確実に言えることがある。「初めてに勝るものはない」
私はもう1つのユニコーン(評価額が10億ドルを超える企業)のイグジットにも携わった。2020年に10億ドルでインテルに買収されたムービット(Moovit)だ。
私は今後もユニコーンを生むだろうが、初めてはとても感動的だ。まず、人生を変える出来事だからだ。そして、ジェットコースターが過激だからだ。さらに、とくにウェイズのケースでは、買収前からニュースが広まり、誰もが当事者としての実感を持っていたからだ。
グーグルがウェイズを買収した直後から、最高に楽しい人生がはじまった。買収後、私はすぐにウェイズを去り、それ以降、数社のスタートアップを立ち上げている。私のスタートアップは、問題を解決し、世界をよりよい場所にするためのものだ。私はスタートアップをすべてこの方法論で立ち上げてきた。
つまり、本書で取り上げるのは、私のスタートアップとユニコーン作りの方法論だ。
世界をよりよい場所にするために
2013年6月9日にグーグルによる買収のニュースが流れたとき、シリコンバレーと起業国家イスラエルの投資関係者は衝撃を受けた。
11億5000万ドルが、IT企業によるアプリ制作会社の買収金額として過去最大だったからだけではない。何よりも、イスラエル発の創業5年3カ月のスタートアップが、アップルやグーグル、マイクロソフト、そして、運転やナビゲーションの分野の競合他社よりもすばらしいものを制作していたことが、IT業界で証明されたからだ。
今(私はこれを2021年の初めに執筆している)では、10億ドルのバリュエーションを見ても、たいしたことだと思わないだろう。現在、世界の約1000社あるユニコーンのうち、50社以上がイスラエルの企業だ。私は最初にそこへ達したのだ。
みんながよく聞く質問がある。2013年に11億5000万ドルでウェイズを売却したのは正しい決断だったと思うか。今ならウェイズはその金額以上の価値があるのではないか。
私の考えでは、決断には正しい決断か、決断しないかのどちらかしかない。なぜなら、決断をして自分の道を選ぶときには、別の道を選んだらどうなるかは、わからないからだ。確信を持った決断は、とくにスタートアップでは、成功するCEOの行動として最も重要なものの1つだ。
今のウェイズに当時グーグルが支払った金額よりも価値があるかと聞かれたら、答えはもちろんイエスだが、もしウェイズが買収されていなかったら、そこまで達していたかどうかはわからない。
結局のところ、最も重要なのは、より大きなインパクトを与える力、そして、世界をよりよい場所にするのに役立つ力なのだ。
ウェイズは、私にとって初めての10億ドルのイグジットだった。次のムービットは7年後だった。次は7年よりずっと早いと考えている。
スタートアップでは、運がものを言うことも多い。運とはチャンスと準備が出会ったときと私は定義している。
本書では、そのときに向けた準備の仕方を説明する。
解決策ではなく、問題に恋をしよう
私は起業家であり、メンターでもある。この20年、数多くのスタートアップを立ち上げ、ともに働き、成功も失敗も経験してきた。人の生活をよりよいものに変える会社を興すのが大好きだが、ほとんどいつも、問題からスタートしている。問題が大きく、解決に値するなら、私の心の中ではすでに、それは面白い会社であり、旅に出る価値がある。
私には、指導者や教師の側面もある。それが本書を書いた理由だ。つまり、私の使命として、起業家やIT専門家、実業家に、高い成功率でスタートアップを起業する方法を紹介する。そして、ユニコーンやスタートアップを作るための方法論をシェアしている。
もし本書からたとえ1つでも何かを学んだら、スタートアップをより成功させるのに役立つことが1つ学べたら、次のことが言える。
・私は自分の役目を果たした。
・その恩を誰かに送ってほしい。困っているほかの起業家を指導し、導いてほしい。
本書は、成功するスタートアップ作りの重要な要素を中心にして、私の方法論をシェアしている。
ウェイズやほかのスタートアップで実際にあった出来事や事例を中心に各章をまとめ、各章の最後には、押さえてほしい重要なポイントを掲載している。成功するスタートアップを作るには、旅のはじめに必ずPMF(プロダクトマーケットフィット)を達成する必要がある。そして、ビジネスモデルを決定し、成長への道筋を定める。これらはすべて、スタートアップの生涯におけるフェーズで、第3章、第8章、第9章、第10 章で扱う。
スタートアップにおける終わりのないフェーズ──人材、資金調達、投資家、ユーザー──を扱う章もある。こうしたフェーズでは、例えばいったん成長を達成したら、それ以上その部分に焦点を当てる必要はなくなるが、人材、資金調達、投資家、ユーザーについては、常に向き合うことになる。
第1章「解決策ではなく、問題に恋をしよう」では、スタートアップを立ち上げる起点について話す。つまり、解決する価値のある問題とは何か、だ。
第2章では、スタートアップ作りの基本について考察する。つまり、失敗の旅と早く失敗すること。
第3章は、成功するスタートアップについての市場的な観点を紹介する。つまり、完全なる破壊についてだ。
第4章は、「フェーズごとの取り組み」の根底にある方法論を確認し、それぞれのフェーズごとに「主要な事項」に集中することや、とくにフェーズ間の切り替えについて説明する。
第5a章は(初めての)資金調達について、第5b章は投資家のマネジメントや継続的な資金調達の旅について書いている。
第6章は、DNA作りと人材、とくに、解雇と採用(順番はこれで正しい)について説明する。
第7章は、PMF達成以前のユーザー理解について触れる。
第8章では、PMFとそこへの達成の仕方について述べていく。
第9章は、ビジネスモデル、事業計画、そして、正しいモデルや計画の見つけ方について説明する。
第10章は、スタートアップ作りのもう1つのフェーズである、マーケティングと成長について説明する。
第11章は、成長のもう1つの側面について深く掘り下げる──海外展開し、世界の舞台で市場リーダーになることだ。
最後の第12章では、スタートアップの最終段階──イグジットについて、いつ売却するか、どのように決断するか、誰のことを考えるべきかなどを説明する。
結局のところ、起業家は世界を変え、よりよい場所にしている。現在の世界的大企業は、ほんの少し前までスタートアップだった。テスラ、フェイスブック、ウーバー、ネットフリックス、ワッツアップ、ウェイズなどが生まれたのは、わずか十数年前のことだ。グーグルとアマゾンは、二十数年。アップルとマイクロソフトは1970年代の創業だが、それでも私より若い。
次世代の起業家は、さらに大きなインパクトを作り出すだろう。なぜなら、頼れるものがたくさんあり、導いてくれる起業家がたくさんいるからだ。
本書が次世代の起業家の成功に貢献することを願っている。
著者プロフィール
ユリ・レヴィーン
2つのユニコーン企業=デュオコーン(二角獣)を生み出した連続起業家・創造的破壊者。世界最大のコミュニティベースの運転・渋滞・ナビゲーションアプリのウェイズを立ち上げ、2013年に11.5億ドルでグーグルに売却、2020年にムービットを10億ドルでインテルに売却した。スタートアップを通じて、非効率的な市場を破壊して不十分な機能のサービスを改善し、「大きな問題」に集中して消費者の時間とお金を節約し、消費者に力を与えて世界をよりよい場所へと変えてきた。幾多の失敗から大成功までの過程で培った知見をもとに、次世代の起業家のメンターも務めている。2015年には、エフード・シャブタイとアミール・シナーと共に、国際NPO「Genius 100」財団により「世界の100人」に選出された。