ビジネスにおいて“その商品がいつ、どれくらいの量が必要とされるのか”を考える「需要予測」は、サプライチェーンにおける様々な動きのもとになる重要な情報です。しかし、環境が激しく変化する近年の市場下では予測に際しいくつもの変数を想定する必要があり、これまで通りの視点や手法に頼っていては限界があります。不確実な環境下における需要予測の課題について、『この1冊ですべてわかる 新版 需要予測の基本』の著者、山口雄大さんに寄稿していただきました。

不確実な環境下の需要予測

2020年の新型コロナウイルスの感染拡大後、さまざまな業界の企業から需要予測をどうすれば良いかという相談をいただきました。

これまで需要予測は、指数平滑法i をベースとした時系列モデルで行なわれるのが主でした。時系列モデルとは過去の売上など、連続するデータの特徴を抽出するもので、需要予測においては、(1)水準(平均的にはどれくらい売れているか)、(2)トレンド(売れ行きがどう変化しているか)、(3)季節性(売れ行きに特定のパターンがあるか)を推定します。

現実のデータにはこれにノイズというランダムで小さな変動が含まれるため、人がこれらの特徴を目で見て判断するのは簡単ではなく、指数平滑法などの統計的な手法が使われます。 名前からは難しそうな印象を受けますが、過去データを分解し、その変化の度合いやパターンを統計的に整理するというイメージです。

しかし、時系列モデルで精度の高い予測を行なうには、

1.どれくらい過去のデータから使うか(初期値の決定)
2.直近のデータをどれくらい重視するか(パラメータの設定)

を適切に更新する必要があります。また、過去データは、月や週単位の需要予測では少なくとも2年分以上が必要になります。

さて、ここで気をつけなければならないのが、新型コロナウイルス感染拡大のような大きな環境変化があった場合、初期値やパラメータを大幅に見直す必要が出てくるということです。

たとえば化粧品の場合、口紅はマスクの使用が日常化したことで需要が縮小しました。また、渡航規制によって訪日中国人が激減し、春節や国慶節といった大型イベント時の需要も見られなくなりました。つまり新型コロナウイルス発生前の過去データは、使えないどころか、逆に予測をミスリードするものとなってしまったのです。

需要予測のモデルには、時系列モデルの他に、需要の因果関係を踏まえる因果モデルや、不完全、少数のデータでも扱える判断的モデルなどがあります。しかしこれらのモデルを整備し、使いこなせている企業は多いとはいえませんし、導入してすぐに使いこなして高い精度を維持することは困難です。また、業界やビジネスモデルに合わせて必要なデータや使い方をアレンジしなければならず、それには時間がかかります。

したがって需要予測の担当者や関連部署のスタッフは、これまでに世界で研究されてきたさまざまな予測モデルを知り、日ごろから実務の中で試していくことが有効です。

経営を支援するS&OP

近年は、外資系企業の参入やサプライチェーンのグローバル化によって、市場の不確実性が高まっています。またいつ、ウイルスや自然災害によってビジネス環境が激変するかもわかりません。そんな中で注目されているのが、2015年前後から日本でも広がり始めているS&OP(Sales and Operations Planning)という概念です。

これは販売計画や需要予測と調達や生産、ロジスティクスにおける供給制約のギャップを中長期的なスパンでモニタリングし、経営者とさまざまな業務部門のトップが、共有された情報をもとに意思決定を行なっていくものです。S&OPのプロセスは毎月など、定期的に行なわれ、需給リスクに対するアクションの決定とその効果の振り返りがなされます。

扱うブランド数やSKU(Stock Keeping Unit:在庫管理上の最小単位数)が多い大きな組織ほど、それらを横断する意思決定は困難です。S&OPの導入によってそれを克服し、役員クラス(CXO)が事業やエリア、ブランドを横断した大きな意思決定を行なうことができるとされています。
 
しかしこのS&OPは、発祥の地アメリカでも約7割の企業でうまく推進できていないという調査結果iiがあります。これにはさまざまな原因が挙げられていますが、その一つは需要予測の難しさです。ビジネス環境の不確実性が高まる中、従来のように一つの数字でサプライチェーンを動かしていくのには限界が見えてきているのです。

そこで重要になるのがS&OPにおけるシナリオ分析です。たとえばウイルスの感染拡大が早期に収まるのか、感染拡大をくり返すのかは、どんな専門機関や大企業でも精度高く予測できているとはいえません。したがって、シナリオを複数想定し、サプライチェーンマネジメントでリスクヘッジしておくことが有効になります。

ただしこれには、各シナリオにおける需要を予測できることが必要です。そのためには、各シナリオにおける各種要素がどう需要に影響するのかをモデル化し、需要変動の幅を想定します。これはレンジフォーキャスト(Range Forecastiii)と呼ばれ、因果モデルの設計、または複数の予測モデルの併用が必要になります。

新しい需要予測のためにデマンドプランナーの育成を

さらに、レンジフォーキャストができていたとしても、想定外の需要変動が発生することもあります。そのため、常に市場の変化をモニタリングし、需要予測を更新しつづけることも重要になります。私はこれをアジャイルフォーキャスティングと呼んでいます。

しかし、扱うSKU数が数千以上あるような企業では、日々のPOSデータやSNSでのコメントなどを人がモニタリングしつづけることは現実的ではありませんので、ITによる支援が必要になりますし、さらなる分析のためにはAIを使うことも検討すべきでしょう。また、AIを導入してもすぐに価値を生めるとは限らないため、AIの学習データのマネジメントや予測結果の解釈、さらには学習のフィードバックループを需要予測の専門家であるデマンドプランナーが主導しなければなりませんiv 

 大きな環境変化があった際の需要予測は、その場しのぎの緊急対応ではうまくいかない場合が多いでしょう。そのため平時からアジャイルに需要予測を更新できるオペレーションも整備しておくことが有効です。これらは簡単ではなく、専門的な知見やスキルが必要になるため、企業としてデマンドプランナーを育成することを検討すべきだと考えています。

日本ではまだ、デマンドプランナーは定義されていないことが多く、外部からの採用も非常に難しいというのが実態です。自社のビジネスや顧客に詳しいプロフェッショナルをデマンドプランナーとして育成することが最短の道になりますが、さまざまな予測モデルや予測精度の評価メトリクス、S&OPをはじめとするオペレーションズマネジメント関連の基本的な知識を学ぶ機会を、企業として支援していくことからはじめるのが良いでしょう。

不確実性の高い環境下では、常に精度の高い予測は期待できません。幅を持った需要予測をアジャイルに更新していくという新しい発想が、S&OPを通じてサプライチェーンのレジリエンシーを高め経営を強力に支援すると、私は考えています。

山口雄大(やまぐち ゆうだい)
東京工業大学生命理工学部卒業。同社会理工学研究科修了。同イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。早稲田大学大学院経営管理研究科修了。化粧品メーカーで10年以上にわたり様々なブランドの需要予測を担当した後、S&OPマネジャー。
コンサルティングファームの需要予測アドバイザー。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講座講師。Journal of Business Forecastingや経営情報学会などで需要予測の論文を発表。他の著書に、『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)や『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)などがある。


i Robert G. Brown, Richard F. Meyer and D. A. D’Esopo. “The Fundamental Theorem of Exponential Smoothing”. Operations Research, Vol. 9, No. 5 (Sep. – Oct. 1961), pp. 673-687.
ii Chaman L. Jain. “Do Companies Really Benefit from S&OP?”. Research Report 15. Institute of Business Forecasting & Planning. 2016.
iii Chaman L. Jain. “Fundamentals of Demand Planning & Forecasting”. Graceway Publishing Company, Inc. 2020.
iv 山口雄大. “新製品の発売前需要予測におけるAIとプロフェッショナルの協同”. LOGISTICS SYSTEMS Vol.30, 2021 秋号, p.36-43.