SNSやインバウンド需要の影響力が高まるにつれ、国内の消費財マーケットに不確実性が増し、SCM(サプライチェーンマネジメント)やマーケティングに求められる役割が変化しているようです。大手消費財メーカーで需要予測を担当し、『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』の著書もある山口雄大さんが解説します。

マーケットの未来を予測する「デマンドプランニング」

製造業、特にB to Cの消費財ビジネスにおいてはマーケティングが非常に重要であることは多くのビジネスパーソンが感じているところですが、どんなに素晴らしいマーケティングも、売る商品が適切なタイミングで消費者の下へ届けられて売上にならないと経営的には意味がありません。そのためには、商品を安定的に供給するサプライチェーンマネジメント(SCM)にマーケティングの意思を連携する必要があります。

マーケティングを数値化したものはデマンドプラン(需要計画)と呼ばれます。デマンドプランニングはマーケターや営業担当者が担う企業も多いですが、専門職としてデマンドプランナーを置いている企業もあり、統計学や数学をベースとしたデータ分析や、マーケット知識をベースとした柔軟な想像力で未来のマーケット変化を予測しています。

デマンドプランニングの精度が高ければ、品切れによる売上の機会損失や過剰在庫による利益の減少を抑えることができるため、製造業においては非常に重要な役割を担っています。一方で、最近の日本マーケットはいくつかの要因によって不確実性が増しており、デマンドプランニングの難易度が高くなってきています。

私は、経営情報学会(2019年春季)で「不確実性が増す日本のマーケットにおける、消費財(化粧品)デマンドプランニングのあり方」提案しました。本稿はその要点を記したものです。

不確実性が増す国内マーケットと変化するSCM

2014年10月の免税対象品拡大以降、日本マーケットにおける化粧品の需要は過去数十年には見られなかった水準で拡大し、SCMにも従来とは異なる考え方が求められるようになりました。それ以前は、成熟した日本マーケットにおいて、外資ブランドの参入や他業界からの化粧品ビジネスへの参入が相次ぐ中、SCMには商品の安定供給を前提とした、各種コスト(生産・調達・輸配送など)の削減が求められ続けてきました。これは供給サイドのグローバル化に伴う競争激化の時代だったと言えるでしょう。

しかし、政府主導の訪日プロモーションが積極的に推進された結果、日本マーケットにおける訪日外国人の購買、いわゆるインバウンド需要の影響が大きくなり、ブランド間のシェア争い以上に、マーケット規模の拡大が売上に影響する時代に入りました。需要サイドのグローバル化の時代に移ったのです。これによりSCMには、売上の漸減傾向に合わせたコストの最適化よりも、事業やブランドの成長を支える商品の安定供給が求められるようになりました。

この需要サイドのグローバル化により、マーケットの不確実性が増加し、SCMはより難しくなったと感じています。例えば、訪日外国人には従来のマーケティングプロモーションはあまり効果がありません。雑誌での宣伝やテレビCMが海外まで届くということは稀であり、そういったマーケティングプロモーションよりも、為替や自然災害、国家間の関係性などが訪日外国人の購買行動に影響しているのは、ビジネスに関わるみなさんも感じている通りです。

こういったよりマクロな環境変化を予測することは難しく、デマンドプランニングの難易度は上がったと言えるでしょう。

不確実性をマネジメントする「MAPフレームワーク」

私は、不確実性が高いビジネス環境においては、「常に精度の高いデマンドプランニングができる」と考えることは非常に危険だと考えています。日本企業はこれまで、デマンドプランニングは常に正確であるべきという前提で、その後のSCMの工程(生産計画や原材料調達など)を検討してきた傾向があると感じています。しかし、不確実性が増したビジネス環境においては、デマンドプランニングの精度には限界があることを受け入れ、それを踏まえたSCMに発想を切り替えていくことが必要になります。具体的には、次の3つのキーワードが重要になるでしょう。

  1. 多面的思考(Multi-sided)
  2. 俊敏性(Agility)
  3. 信頼・納得感(Plausibility)

これら3つのキーワードの頭文字をとり、私はこのマインドセットを「MAPフレームワーク」と呼んでいますが、不確実な環境下では「地図」が必要だというふうに記憶していただければと思います。これらについて、概要を解説します。

変動可能性を可視化する多面的思考

難易度の高い(不確実性の大きい)デマンドプランニングの代表例は、新商品です。様々な業界のデマンドプランナーに共通する感覚ですが、新商品には過去の売上データがなく、統計的に季節性や需要の水準を想定することが難しいため、多様な情報を基に仮定を置いて、デマンドプランニングをすることが多いです。

統計学で言うと回帰分析的な考え方を採用している企業が多く、対象となる商品の需要に影響する要素を想定し、そこからデマンドプランニングをするのが一般的です。私も市場トレンドやマーケティングプロモーションといった要素を含んだ化粧品の予測モデルを構築しました。

ここで重要なのが、回帰的な予測モデル一本ではなく、他の考え方をベースとした複数の予測モデルを使うということです。一例としては、オペレーションズリサーチという数学的なシミュレーションの分野の、階層化意思決定法(AHP)があります。これは複数の評価軸における1対1の比較を繰り返し 、選択肢に点数をつけるという手法です。これを応用し、マーケターが持つ感覚を可視化して、いわばセカンドオピオンとしてのデマンドプランニングを行ないます。また、AI(機械学習)によるデマンドプランニングもいずれはこの一手法となるでしょう。

上記のような多面的思考(Multi-sided)によるデマンドプランニングによって複数の数字が出てきますが、これが想定できる需要変動の幅であり、はずれる可能性を定量的に示すことができるわけです。これを参考に、例えば在庫の計画を工夫することもできるでしょうし、原材料の発注において対応案を考えることもできるでしょう。

変動に追従する俊敏性

つづいて俊敏性(Agility)ですが、近年のSCM 改革では非常によく耳にするキーワードです。これはデマンドプランニングが実績と乖離した時に、いかにスピーディに商品供給のリカバリープランを実行できるか、ということです。増産や緊急発注もそうですし、逆に大胆に減産することも含みます。

スピーディにSCMを動かすためには、生産調整や輸配送の柔軟性も必要ですが、まずはデマンドプランニングの早期の修正が求められます。この点において私は、

  1. マーケット動向のモニタリング
  2. ナレッジマネジメント

の2つが非常に重要だと考えています。

例えば最近では、SNSでの消費者発信と情報拡散によって、特定商品の需要が急激に拡大することがあります。私自身も何度か経験していますが、売上水準がその前の6倍になることなどもあり、従来のデマンドプランニングでは対応が非常に難しいものです(これはAIによるデマンドプランニングでも難しいと言われています)。こういった予測することが困難な需要変動は、いかに早期に察知できるかが重要になります。

つまり、常にマーケットをモニタリングするしくみが必要であり、多くの商品を抱える企業は、ITによるシステムサポートも必要になるでしょう。私が以前構築したシステムでは、日々数千を超える商品のPOSデータを自動でモニタリングしていて、統計的な仕掛けで需要変動を察知できるようにしました。

このようにして素早く需要の変動を見つけ、SCMの関係者へ情報を発信することが重要ですが、これだけでは不十分で、同時にデマンドプランニングをある程度正しく修正しなければなりません。これをサポートするのがナレッジマネジメントです。

不確実な環境下における推進力

緊急事態における動きで重要になるのは、納得感(Plausibility)です。不確実性の高い環境下では皆が正解を持っているわけではありません。そのため、スピーディに動くためには、関係者がその理由や方向性について腹落ちして、納得していることが推進力になります。これはカール・ワイクを中心に議論されてきた、経営学のセンスメイキング理論(2005)からインスピレーションを受けた考え方です。デマンドプランニングの文脈では、その根拠の確からしさが納得感に直結します。そしてそれは、過去に似たような事例があったか、が重要になります。

つまり、デマンドプランニングのナレッジ(知見)が創造、蓄積され、活用できるようになっていなければなりません。これがナレッジマネジメントです。平常時からデマンドプランニングのナレッジマネジメントを行い、デマンドプランナーが関係者からの信頼を獲得しておくと、緊急事態にそれがスピードとなって、競争力となるでしょう。

日本マーケットにおける需要と供給、両サイドのグローバル化に伴う不確実性の増加によって、SCMに求められる役割が変化してきました。本稿では有効なマインドセットとして、需要だけでなく、変動の幅も予測するための多面的思考や、それを考慮した俊敏なSCMを実現する仕掛け、そしてそれらを推進するための信頼感が重要であると述べました。

これからのSCMに求められるのはコストの最適化だけでなく、事業やブランドの成長戦略を支える経営の一機能として、アジャイル(俊敏)な商品供給を実現することだと考えています。


参考文献

Karl E. Weick (2005) “Managing the Unexpected: Complexity as Distributed Sensemaking” R.R. McDaniel and D.J. Driebe (Eds.): Uncert. and Surpr. in Compl. Syst., UCS 4, pp. 51–65.

筆者プロフィール

山口雄大(やまぐち ゆうだい)

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東京都出身。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科修了(認知科学)。同イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。化粧品販売会社でロジスティクス実務を経験後、2010年からは化粧品メーカーで需要予測を担当。現在は早稲田大学経営管理研究科・入山章栄教授の下で、世界標準の経営理論を学習中。

2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される(株式会社資生堂)。オペレーションズリサーチ学会や経営情報学会で需要予測に関する口頭発表を実施。著書に『需要予測の基本』(日本実業出版社)や『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)がある。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講座講師。