新型コロナウィルスの感染拡大は、企業の生産活動に非常に大きな影響を与えています。企業は、このような有事における「需要予測」をどう考えるべきなのでしょうか。
ロングセラー『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』の著者であり、実務経験も豊富な山口雄大氏に寄稿していただきました。

コロナ影響下の需要予測

コロナウイルスによって需要と供給が非常に大きな影響を受けています。2014年の免税対象品目の拡大を一つのきっかけに急拡大してきたインバウンド需要は、訪日外国人数の激減により急激に縮小しています。日本在住の消費者の需要も、カテゴリーによっては、外出自粛や店舗の休業で大きく落ち込んでいます。

一方、供給もサプライチェーンがグローバル化していたため、各国の経済活動停止の影響で滞っています。国内の工場も稼働時間短縮などが始まり、今後、さらに影響が出てくることが予想されます。

時々刻々と変化する社会の動向を受け、企業の行動も変わっていく中で、従来通りの予測精度を追求していくことは現実的ではなくなっていきます。こうした外部環境の劇的な変化に直面したとき、需要予測はどうあるべきなのでしょうか?

需要予測のフレームワーク

有事の際に有効になるのが、アカデミックな知見に基づくフレームワークです。Ann Vereeckeらが2018年に発表した論文で、需要予測の成熟度(Maturity)を測定する6つの要素が提案されています(Ann Vereeckeら,2018)。これは、需要予測に関する過去の文献をレビューして抽出した項目を、様々な企業で10年以上需要予測を担ってきたエキスパートたちからのフィードバックによってブラッシュアップしたものです。それらの要素を簡単に紹介します。

1.データ

需要予測に使うデータとそれへのアクセスのしやすさです。関連部門や協力会社との情報連携も含みます。

2.ロジック

活用する需要予測のモデルともいえます。単に統計的な予測モデルについてだけでなく、ビジネスにおける需要予測では人による意思決定が重要であることも踏まえ、意思入れや根拠の明確化のしくみでも評価されます。

3.システム

予測システムの導入の有無に加え、予測階層(どのような単位で予測を行なうか)の自由度やレポート機能などでも評価されます。

4.パフォーマンス(マネジメント)

予測精度の測定や、それを基にした精度向上のための継続的なアクションのことです。

5.組織

需要予測の責任を持つ組織や専門部隊の設置、KPIなどが含まれます。

6.人

需要予測を担うデマンドプランナーのスキルや育成のためのトレーニング、マニュアルなどで評価されます。

これらがさらに細かな33の項目で定義され、それによって需要予測オペレーションの成熟度を評価するというフレームワークが提案されています。

フレームワークの応用

論文ではこのフレームワークを使って需要予測の成熟度を評価し、業界平均やベストプラクティスと比較することで、どの要素を強化すべきかを考えることが提唱されています。

しかし私は、こういったフレームワークには別の応用の仕方もあると考えています。例えば、今、様々な企業が直面しているコロナウイルスの影響下における需要予測のあり方を、このフレームワークに沿って考えることができます。フレームワークを活用することで、重要な要素を抜け漏れなく検討することができるようになります。この意味で、フレームワークは思考を支援するツールといえるでしょう。

AccuracyとAgility

私は需要予測において、Accuracy(精度)だけでなくAgility(速度)も併せて考えることが重要だと、様々な講演、講義で主張してきました。需要予測というとAccuracyだけが注目されがちです。しかし、AIを使っても誤差率0%の予測は現実的ではなく、高いAccuracyが望めない場合は、需要予測のAgilityに重心を移すことが有効になります。具体的には、素早いデータ分析でいち早く需要予測を更新するということです。

コロナウイルスの発生や終息は、残念ながら予測することは難しく、ビジネスパーソンがそこに注力するのは賢明ではありません。そこで、発想をAccuracyからAgilityに切り替えることが有効になります。そのうえで需要予測をどうすべきかを、さきほど紹介したフレームワークで組み立てます。6つの要素それぞれにおいて、AccuracyよりもAgilityを優先したしくみ、アクションを考えるということです。

有事の際の需要予測

まず、データです。社会の動きとそれを受けた企業の施策に関する情報を常に入手できるようにする必要があります。特にこういった有事の際はマーケティング計画も臨機応変に対応するため、それをすぐに把握し、需要予測に反映できる「情報網」が重要になります。

つづいてロジックですが、これは新たに考案するのではなく、平時から予測モデルを整備できているかが重要になります。コロナウイルスの影響を踏まえ需要予測を修正する際に、予測モデルで根拠が明確になっていると、スピーディーに関連部門とコミュニケーションすることができます。

予測システムについては、異常値の補正が課題となるでしょう。コロナウイルスの影響で落ち込んだ需要をそのままにしておくと、その影響は来年以降も繰り返す、もしくは需要が半永久的に下降したという統計予測になるはずです。しかしコロナウイルスが終息すれば、おそらく多くのカテゴリーの需要は回復します。よって、予測システムで実績を補正することが必要になります。

そして、パフォーマンスマネジメントで最も重要となるのが、需要予測を担うデマンドプランナーの評価指標を変えることです。おそらく多くの企業において、需要予測のKPIはAccuracyであり、かつその対象期間は生産、調達リードタイムを考慮した数ヶ月から半年程度先までとされているでしょう。

この対象期間を短縮します。例えば1ヶ月先やせいぜい2ヶ月先までとします。この意図は、国や都道府県からの情報発信の内容や、企業のマーケティング計画が日々変わっていくため、それを予測するのではなく、適切に把握して需要予測に反映できたかを評価すべきだということです。評価指標の一つの目的はモチベーションを上げることであり、予測精度が悪化することが明らかなときでも、デマンドプランナーが前向きに業務に取り組めるようにすることが重要だと考えます。

組織についてもロジックと同様です。急に慌てて変えるということではなく、平時から需要予測を重視し、専門部隊を設置しておくと、有事の際にAgileに(俊敏に)動くことができます。

マーケターはプロモーション計画の変更に注力し、生産計画担当者は供給の見通しをアップデートしなければなりません。ここで需要予測を専門とするデマンドプランナーが配置されていれば、スピーディーにコロナウイルスの影響を分析して、需要予測を更新することが可能になります。需要減少の見通しを定量的に把握することで、各部門が具体的なアクションに移ることができるはずです。

最後のについては、ここまで述べたような需要予測のあり方の抜本的な変更を、Agileにリードできる人材が育っているかが重要になります。これも平時からのトレーニングやマニュアルの整備、ジョブディスクリプション(職務記述書)の設計などが明暗を分けるといえます。

平時の準備と有事の発想でレジリエンス向上を

以上から、需要と供給に大きな影響を与えているコロナウイルスのような異常事態が発生した際、需要予測の6つの要素に沿って発想を変えることが有効であると感じていただけたと思います。

データ(情報)とシステム、パフォーマンスマネジメントについては、環境の変化を踏まえ、新たな対応を検討すべきといえるでしょう。一方で、ロジックや組織、人については、平時からの準備が重要であり、それがレジリエンス(ピンチの状態から回復する力)の差に直結するといえます。

このように、アカデミックな知見をビジネス経験と掛け合わせることで、思考の生産性、説得力、創造性を高めることができます。コロナウイルスが一日も早く終息することを願うばかりですが、本記事が、需要予測の観点から様々な企業のSCMのレジリエンス向上に貢献できれば幸いです。

(参考文献)
Ann Vereecke, Karlien Vanderheyden, Philippe Baecke and Ti’m Van Steendam. (2018). Mind the gap – Assessing maturity of demand planning, a cornerstone of S&OP. The current issue and full text archive of this journal is available on Emerald Insight at: www.emeraldinsight.com/0144-3577.html

 

著者プロフィール

山口雄大(やまぐちゆうだい)

東京都出身。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科修了。同イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。早稲田大学大学院経営管理研究科修了。化粧品販売会社でロジスティクス実務を経験後、2010年から化粧品メーカーで様々なブランドの需要予測を担当。2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される。2019年コンサルティングファーム需要予測アドバイザーに就任。

学会や企業、大学等で需要予測に関する講演を多数実施。著書に『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』(日本実業出版社)や『品切れ、過剰在庫を防ぐ技術』(光文社新書)がある。機関誌「ロジスティクス・システム」にコラム「知の融合で想像する需要予測のイノベーション」を連載中。JLS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講座講師。