「今、直視してもらいたいことがある。――君が生きていく日本社会は、格差という地雷に埋め尽くされている」
ノンフィクション作家である石井光太さんは、貧困や児童虐待など、さまざまな社会問題の現場に足を運んできました。最前線で取材を重ねる石井さんは「大半の人たちは自分が生きてきた世界、あるいはそれに近い世界しか知らず、それ以外は想像さえできないのだと、つくづく感じる」と語ります。
いまの日本社会では、人々の尊厳が損なわれている様子を「自己責任」という言葉で切り捨ててしまうことが多々あります。しかし、本人が選べなかった環境や格差構造などの要因により苦しい境遇で生きる人たちを、安易な自己責任論で切り捨てることは、「無理解」の溝を深めることにほかなりません。
日本社会がどのような問題を抱え、それに対してどう向き合うべきなのか――『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』(石井光太:著)は、その道筋を考える一冊です。
今回は「ホームレスと障害の深い関係性と福祉格差」について、石井さんが出会ったホームレス男性Iとの話をお伝えします。
※本稿は『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』の一部を抜粋し、再編集したものです。
なんでホームレスになるの?
ホームレスの人々と障害の深い関係性
真冬の街の片隅で、汚れた布団にくるまりながら眠っているホームレスの姿を一度は目にしたことはないだろうか? 小さな子供がそんな光景を前にすると、親の手をひっぱって、こう尋ねる。
「ねえ、なんで、あの人は道端で寝ているの?」
こう言えるのは、幸せな家庭で生まれ育ったからだ。往々にして、親はこうした子供の疑問には冷ややかだ。眉間にシワを寄せて「そんなこと言っちゃダメ」とか「見るのは失礼よ」と回答を濁して立ち去るか、「お勉強しないと、ああなるのよ」と言い捨てるかする。
残念ながら、親のホームレスに対するこうした説明は正確とはいえない。厚生労働省の調べでは、日本には現在約4000人のホームレスがいるとされている。
これは調査をする人が目で見て数えた統計であって、日中は仕事をしている人、一時的にネットカフェや簡易宿泊所にいる人、車上生活をしている人などは含まれないため、実態はもっと多いと推測される。
実は、ホームレスと障害者の関係は深い。全日本民医連の精神医療委員会が、114人のホームレスが障害や病気を抱える割合を調査したことがある。それによれば、ホームレスの34パーセントに知的障害があり、62パーセントに何かしらの障害があることが明らかになった。
また、ホームレスが時折寝泊まりしたり、元ホームレスが暮らしたりしている施設に「無料低額宿泊所」がある。厚生労働省がこの施設に寝泊まりしている人を調べたところ、45.2パーセントに知的障害の可能性があることが判明した。ホームレスの半分ぐらいは知的障害や精神疾患を抱えているということだ。
ここまで高い割合を占めているのは、刑務所のケース(※)と同様に、一部の障害者が福祉のレールからこぼれ落ちているからだ。そんな例を1つ見てみたい。
ホームレスIのケース
障害のある人が支援をはずされるとき
宮城県の小さな町で、Iは長男として生まれた。年子の姉が1人いる、母子家庭だったそうだ。実家で祖父母と同居していたが、母親は病弱で部屋に閉じこもってほとんど出てこなかった。Iは、母親と会話をした記憶がないという。
その母親が死去したのは、小学生のときだった。
姉はそのまま実家の祖父母に育てられることになったが、知的障害のあったIは、別の親戚の家をたらい回しにされた。1年おきに家が変わるような状態で、途中からは学校にも行かなくなった。
10代の半ばから、Iは道路工事にかかわる肉体労働をするようになった。九州から北海道まで全国の工事現場を渡り歩いたが、その日稼いだお金はその日のうちにすべてお酒につかった。将来を見据えてお金をきちんと貯めることを誰からも教えてもらわなかったし、障害ゆえに自分でも考えつかなかったのだろう。
そんな生活の中で、Iは50代のときには重度のアルコール依存症になり、心身に異常が現れるようになった。手足が震えたり、幻覚が見えたりするようになったのだ。
知的障害に加えて、こうした症状が現れれば、仕事をつづけることはできなくなる。気がついたときには仕事を失い、ホームレスになっていた。
ホームレスをはじめてしばらくして、支援団体の炊き出しに行った。このとき、支援団体のスタッフから生活保護を受けないかと提案された。自分たちが手続きの協力をしてあげる、と。Iはお金をもらえるならと思って、役所へ出向いた。受給条件はおおよそ満たしていたが、職員からこう言われた。
「生活保護を受けるには、ご家族があなたに対する支援をしないという意思表示が必要になります。お姉様や、そのほかのご親族に連絡し、それを確認してもよろしいでしょうか」
それを聞いて、Iは生活保護をもらうのをあきらめた。いまさら自分を捨てた親族に支援を求めたくなかったし、長らく会っていない姉に迷惑をかけたくなかったのだ。それで彼はホームレスとして生きていくことになった。
「生活保護を受けることで、国のお荷物になりたくない」
軽度の知的障害であれば、社会でそれなりに働くことはできるが、人生設計を立ててお金を計画的につかうとか、人間関係を築いて管理職にステップアップしていくといったことが難しい。いつまでも厳しい現場仕事をしながら、その日暮らしをしていくことになりがちだ。そんな中で体調を壊すと、Iのように一気にホームレスへ転落しかねない。
有名な社会活動家のひとりに、湯浅誠さんという人がいる。湯浅さんは、人が貧困状態に至る要因として「五重の排除」があるとしている。
2.企業福祉からの排除 企業に勤めて安定した収入を得られない。
3.家族福祉からの排除 家族からの支援を受けられない。
4.公的福祉からの排除 生活保護等の公的福祉を受けられない。
5.自分自身からの排除 社会復帰への希望を失う。
Iのケースを見てみると、障害があるがゆえに教育や家族のセーフティーネットが失われていく過程がわかるはずだ。それは最後の砦であるはずの生活保護のような公的支援も同様だ。生活保護を受給するには、自分自身に障害や病気など何かしらの問題あって働くことができず、かつ親族からの支援を受けられないことを証明しなければならないのが実態だ。
だが、知的障害のある人が、その手続きを行なうのは簡単なことじゃない。
まず、彼ら自身が公的福祉の存在を知らなかったり、説明を受けても理解できなかったりすることがある。支援者が現れても、これまでいろんな形でだまされてきた経験があれば、素直に耳を傾けようとしない。
人によっては、役所が家族に連絡を取るのを嫌がることもある。親に虐待を受けてきた人、トラブルがあって絶縁されている人、恨みを買って追われている人などは、自分の現状をつたえられたくない。そのために、Iのように自ら手続きを拒絶してしまう。
意外に多いのが、国の負担になりたくないと考えて公的支援を拒むケースだ。
彼らの中には、それまで社会の足手まといのように扱われてきた経験を持つ人も少なくない。そうしたことから、「生活保護を受けることで、これ以上国のお荷物になりたくない」と考え、ホームレスとして生きることを選ぶ。
こうして見ていくと、障害のある人たちがホームレスになるプロセスが見えてくるんじゃないだろうか。本当に支援が必要な人にほど、支援が届きにくいという現実があるといえるんだ。
(※)本書「講義6:格差と分断の受け皿 刑務所という名の福祉施設」(P244-256)参照
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石井さんは、本書の「おわりに」で以下のように語ります。
僕が格差に目を向けることの重要性をくり返し述べてきたのは、一人ひとりが起きていることに問題意識を持って溝を埋める努力をすることでしか、負のスパイラルを止めることはできないと考えるからだ。
格差が広がる社会を改善していくために、まず重要になるのは「“自分の中にも差別はある”という認識を受け入れる」ことではないでしょうか?
自分の内側にある意識を振り返るとき、そして理解できない他者と共生すべく歩み寄るとき、〈日本のリアル〉を伝える1冊としてこの本がお役にたてれば幸いです。
石井光太(いしい・こうた)
1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外の貧困、児童問題、事件、歴史などをテーマに取材、執筆活動を行なっている。ノンフィクション作品に『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『本当の貧困の話をしよう』(文藝春秋社)、『ぼくたちはなぜ、学校に行くのか』(ポプラ社)、『人生の歩きかた図鑑』(日本実業出版社)など多数。また、小説や児童書も手掛けている。『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』で第20回「新潮ドキュメント賞」を受賞。