コロナ(COVID-19)が長期化するなか、減収を理由とする家賃の滞納に頭を悩ます家主(貸主)が増えています。国や自治体による賃料補助や減税などの救済措置があっても、契約解除が必要なケースもあるでしょう。しかし、店子(借主)にしてみれば、強制退去などたまったものではありません。では、どうすればよいのでしょうか。江戸時代も人々は知恵をめぐらせます。古典落語『長屋の花見』(『貧乏花見』)を題材に、「建物の貸主・借主」が知っておきたい法律についてお話ししましょう。
※本稿は『落語でわかる「民法」入門』(弁護士:森 章太・著)をもとに一部抜粋・再編集しています。

あらすじ:『長屋の花見』(『貧乏花見』)
〈麻生芳伸 編『落語百選 春』(筑摩書房、平成11年)76〜95頁 参照〉

長屋の住人たちは、春のある日の朝、家主から呼び出される。家賃の催促だと思い、お互いがどのくらい滞納しているかを確認しあう。

入居時に支払った後18年間滞納している者、父の代に支払ったきり滞納している者、汚い長屋だから家賃が発生しないと思っている者、家賃のことを知らず家主から貰えるものだと思っている者など、誰一人として家賃を満足に支払っていない。住人たちは退去を求められることも覚悟する。

家主の家に行くと、家賃の話ではなく、向島に花見に行くという。家主は、世間から貧乏長屋といわれていて景気が悪いので、貧乏神を追い払うために計画したのであった。家主が「酒と肴を用意した」というので、住人たちは盛り上がるが、実は、酒ではなく番茶を薄めたもの、かまぼこではなく月型に切った大根、玉子焼きではなく沢庵だった。

向島への道中、「花見に行く格好ではなく、猫の死骸を捨てに行くようである」などと住人たちが暗い話ばかりするので、家主が「もっと明るい話をしろ」と注意する。

すると、「昨晩寝ていると、天井がいやに明るいと思って見てみたら、きれいなお月さまだった……」と住人の1人が話し始めた。「寝たまま、月が見えるのか?」と尋ねられ、「ご飯を炊くために雨戸と天井板を剥がして燃やしてしまったので、月見ができる」と答える。

向島に着くと、家主は酒を飲んでいるかのように盛り上がることを住人たちに求めた。すると、誰かが、こんなことを言い出した。

「家主さん、近々長屋に縁起のいいことがありますぜ」
「湯飲みのなかに、酒柱(さかばしら)が立ってますから」

未収家賃の多くは「5年」で時効

説明をわかりやすくするため、この『長屋の花見』(以下『長屋』)の家主は、ただの管理者ではなく、「所有者」であることを前提としましょう。

賃貸借契約を締結した場合、賃借人はいくつかの義務を負います。まず、賃料を支払わなければなりません(賃料支払義務)。賃料は特段の定めがなければ月末後払いですが、不動産賃貸借の場合は、契約により前月末に前払いとされていることが多いようです。

また、賃借人は、契約などによって定められた用法に従い、賃借物を使用収益しなければなりません(用法遵守義務)。さらに、賃借人は善良な管理者の注意をもって賃借物を保存しなければなりません(善管注意義務)。

なお、賃料債権は支払期限から「5年」を経過すると時効によって消滅します。この『長屋』の場合も、未収家賃の多くが時効によって消滅すると思われます。

借主の義務違反でも契約解除できないことが…

(1)債務不履行解除
賃借人が義務違反をしたときは、賃貸人は債務不履行を理由として賃貸借契約を解除することができます。しかし、建物の賃貸借契約の場合、解除されると賃借人は生活や事業の場を失うことになります。

そこで、義務違反(債務不履行)があったときでも、いまだ信頼関係を破壊するに至らなければ、賃貸人が解除権を行使することは信義則(しんぎそく)上認められません(信頼関係破壊の法理=次項)。

信義則とは、信義誠実の原則のことで、権利の行使や義務を履行するにあたり、相互の相手方の信頼を裏切らないよう誠意をもって行動すべき、という法律の原則です。信頼関係を破壊するに至らない場合は、債務不履行が軽微であり、解除は認められないとも考えられます。

なお、債務不履行がなくても、信頼関係が破壊されれば、契約の解除が認められることがあります。その場合、解除による効果は契約締結時に遡るのではなく、将来に向かってのみ生じます。したがって、解除時までの賃料を返還する必要はありません。

(2)信頼関係破壊の法理
では、どのような場合に、信頼関係が破壊したといえるのでしょうか。賃貸人に重大な経済的損失を与える場合(例:賃料を3〜4か月分以上不払い、著しく不相当な使用方法による賃借物の損傷)は、信頼関係破壊に該当します。

一方、賃貸人の主観的・感情的な信頼を害するにすぎない場合(例:挨拶の仕方が悪い)は、信頼関係破壊に該当しません。たとえば、別の落語『二十四孝(にじゅうしこう)』では、隠居が親不孝の熊に対して建物の明渡しを請求しますが、親不孝を理由として信頼関係が破壊したとすることは困難です。

問題となるのは、用法違反事例(例:禁止されたペットの飼育)や近隣迷惑事例の場合です。信頼関係破壊に該当するかは個別具体的に判断されることになります。

『長屋』の住人の場合、(長期間の)滞納は賃料債務の不履行であり、借家の雨戸と天井板を剥がして燃やしたことは善管注意義務違反です。いずれも家主に重大な経済的損失を与えているので、信頼関係の破壊に該当します。したがって、家主は賃貸借契約を解除して、明渡しを請求することができます。

明渡しの強制執行は段階的に

『長屋』の家主が住人に建物の明渡しを請求しても、居座る可能性があります。その場合、家主自身が実力行使で住人を建物から引きずり出すことはできません(自力救済の禁止)。しかし、民事執行法の直接強制によれば、強制的に建物を明け渡させることができます。前提として、債務名義(確定した判決など)が必要です。

義務違反による解除の主張をしたらすぐに直接強制ができるわけではなく、まずは、建物明渡請求訴訟で勝訴判決を得るなどしなければいけません。そのうえで、民事執行手続により執行官(国家公務員)が債務者の不動産に対する占有を解いて、債権者に占有させます。

具体的には、第1段階として、1か月後を引渡期限と定め、明渡しの催告をします。引渡期限などを記載した公示書を物件内の冷蔵庫などに貼り付けます。

そして、第2段階として現実の執行(断行)をします。執行官は、戸が施錠されていても解錠業者に開けさせることができますし、債務者などが抵抗するときは、警察に援助を求めることができます。鍵を取り替え、新しい鍵を債権者に渡して執行完了になります。

同居家族は賃借権も相続できる

では、賃借人(契約者)が亡くなった場合はどうでしょう。『長屋』では、父の代から住む住人がいます。同居していた子は、引き続き居住できるのでしょうか。

「賃貸借契約」の場合は、建物賃借権の相続が認められますが、無償で使用収益する「使用貸借契約」の場合は、賃借人の死亡によって契約が終了します。貸主は借主を信頼して無償としているので、使用借権は相続になじまないことが理由です。

『長屋』の場合も賃貸借契約なので、父が亡くなっても、相続人である子は建物賃借権を相続し、引き続き居住することができます。汚い長屋だから家賃が発生しないと思っている住人については、仮に使用貸借契約とするなら、賃借人の死亡によって契約が終了します。

なお、亡くなった賃借人に相続人がいない場合、原則として賃貸借契約は終了しますが、同居人がいるときは、その同居人を保護する判例と借地借家法の規定(民法の特別法)があります。

法定の更新ルールと立退料

建物の賃借人は、借地借家法により保護されています。建物賃貸借の期間満了の1年前から6か月前までの間に更新をしない旨の通知をしなかったときは、契約更新とみなされます。

また、賃貸人が更新拒絶の通知をするには、賃貸人が建物の使用を必要とする事情など正当事由が必要です。賃借人に立退料を支払うことは、正当事由を補完する役割を果たします。

つまり、「賃貸借期間が満了するので退去してほしい」と家主からいわれたら、必ず退去しなければならないのではなく、家主に正当事由がなければ更新拒絶は認められません。仮に、更新拒絶が認められる場合であっても、立退料を受け取れることが多いようです。

*本記事の内容は、2020年10月現在の法律に基づいています。

著者プロフィール:森 章太(もり しょうた)

弁護士。1981年生まれ。横浜市立大学商学部経済学科卒業。税理士法人勤務、税理士試験合格。慶應義塾大学大学院法務研究科卒業。司法試験合格後、弁護士登録。東京中央総合法律事務所所属。横浜市立大学での市民向け講座の講師並びに税理士団体及び企業での研修講師を務めている。