経営戦略と関連付けたHRM

人材マネジメントが事業運営における重要な機能である以上、HRMと経営戦略が密接な関連を持つのは当然のことといえます。しかし、現実的には、経営者や人事担当者が経営戦略を意識してHRMを行なっているかどうかは疑わしいところもあります。

とくに日本企業においては、経営戦略そのものが「顧客重視」や「グローバル化」などのキーワードで提示されている程度のこともあり、このように明確化されていない戦略では、HRMを関連付けようとすること自体に無理が生じます。

その意味では、経営戦略とHRMとの関連性を考える上では、人事担当者は、まず、経営戦略とは何かということを理解し、自社の経営戦略を明確にすることが必要です。

経営戦略とは「企業が目的を達成するための基本方針」で、「当社は何をやって、何をやらないのか」を示したものといえます(「どうやってやるのか」ということは、一般的には「戦術」に分類されます)。経営戦略は、その企業の競争優位性(競合他社よりも優れたところ)を規定するものなので、「競争戦略」とい言い換えることもできます。

経営学者ポーターは、基本的な戦略として次の2つを挙げました。

1.コストリーダーシップ(例:他社よりも安くサービスを提供する)
2.差別化(例:他社よりも高品質のサービスを提供する)

企業の中には「安くて、品質の良いサービスを提供する」という戦略を掲げているところもありますが、ポーターの基本的な考え方としては、「コストリーダーシップ」と「差別化」の両方を同時に満たすことはできません。

事業の強みを、コストまたは品質のどちらか一方に絞りこむことによって、戦略としての意味が出てくるのです(参考:『競争の戦略』著:M.E. ポーター ダイヤモンド社 1995)。

例えば、経営戦略が異なる2つの飲食業の会社(定食屋を全国展開しているA社と首都圏で高級料理店を展開しているB社)との間で、HRMにどのような違いが生じるかを見てみましょう(下図)。

同書 223ページより

A社は、低価格の商品を大量に販売することによって利益を確保する「コストリーダーシップ戦略」をとっています。A社の人事管理のポイントは、「低コストの労働力の確保」と「従業員の早期育成」の2点です。したがって、A社では、パートやアルバイトを大量に雇用し、それらの従業員が、すぐに接客・調理などの仕事を覚えられるように、店舗内で行なわれる作業を標準化(マニュアル化)しています。

一方、B社は、販売できる数量は限られるものの高価格の料理、サービスを提供することによって利益を確保する「差別化戦略」をとっています。B社の人事管理のポイントは、「高品質な料理・サービスを提供できる優秀人材の確保」と「調理・給仕などのプロの育成」にあります。したがってB社では、シェフやソムリエを目指す若者を正社員として雇用し、専門研修などを行ないながら、一定の期間とコストをかけてプロを育成しています。

この例を見ればわかるとおり、A社とB社は、同じ業種(飲食業)であっても、経営戦略が異なるため、労務構成、職務配分、人材育成、賃金体系などのHRMの仕組みに違いが生じています。

HRMについては、絶対的に正しい仕組み、あるいは優れている制度は存在しません。あくまでも、その会社の経営戦略に関連付けられているHRM、あるいは戦略との一貫性を維持できる仕組みが適しているということなのです。

近年、日本においても、経営戦略と関連付けたHRMの構築を行なう企業が増えてきています。HRMは、業種や従業員規模に応じて規定されるものではなく、その会社の経営戦略にフィットするように構築されるべきです。人事担当者は、自社の経営戦略を明確にした上で、その戦略にフィットするHRMの構築を考えてみるといいでしょう。


著者プロフィール

深瀬 勝範(ふかせ かつのり)

Fフロンティア株式会社代表取締役。人事コンサルタント、社会保険労務士。1962年神奈川県生まれ。一橋大学卒業後、大手電機メーカー、大手情報サービス会社人事部長、金融機関系コンサルティング会社を経て独立。組織改革、事業計画の策定等のコンサルティングを行ないながら、執筆・講演活動を積極的に展開している。著書に『Excelでできる! 統計データ分析の仕方と人事・賃金・評価への活かし方』(日本法令)、『はじめて人事担当者になったとき知っておくべき、7の基本。8つの主な役割。』『実践 人事データ活用術』(以上、労務行政)、『図解! 「人事」のすべて』(秀和システム)などがある。