「与太郎」という人物を知っていますか? 

彼は間抜けな失敗をしでかす「愚か者」の代名詞として、落語の様々な演目に登場します。あるときはバカな発言で大家さんを怒らせたり、あるときは家賃を払わず商売道具をかたに取られたり……。でたらめでふざけた話「与太話」は彼の逸話からきていることでも有名です。

現代であれば、「落伍者」のレッテルをはられてもおかしくない与太郎。しかし彼は、なぜか頭のいい人よりも愛されたり、困った時に助けてもらえたり、ひょんなことから利益を得たりすることも。彼のエピソードを聞いていると、こんな疑問がわいてきます。

与太郎って、本当にただの「バカ」なの?

与太郎の生き方は、現代人の理想?

アニメ化もされた漫画『昭和元禄落語心中』が火つけ役となり、落語がブームになっています。従来のファンはもとより、若い世代の中にも落語にハマる人が続出とか。首都圏で開催される落語会は月1000件以上、寄席には行列ができ、落語カフェも毎夜にぎわっています。

300年以上続く落語の噺の面白さはもちろん、「欠点がありつつも、自分らしく肩の力を抜いて生きる」与太郎を代表とする落語の登場人物たちの姿に共感し、救いとする人もいるようです。

立川談志が創設した落語立川流の真打ちであり、作家としても活躍中の立川談慶さんの新刊『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか~落語に学ぶ「弱くても勝てる」人生の作法』から、そんな現代人の救世主、与太郎の生き方を探ってみます。

与太郎から学ぶ「巻き込まれ力」

お奉行所から、「大変なる親孝行」と与太郎が賞賛され、褒美として「青挿し五貫文」のお金をもらいます。長屋の大家さんたちは、「与太郎にそんな金を渡したら、使い切ってしまうだけ」と案じ……。 
落語演目「孝行糖」より

与太郎が出てくる噺は、どれも与太郎の「愚直さ」に周囲がほだされ、話が進むケースがほとんどです。しかし、その状況を与太郎サイドから見つめると、「ただ巻き込まれているだけ」といった構図が浮かび上がってくると談慶さんは著書に記しています。

たとえば、「孝行糖」という噺では、お上から「親孝行の褒美に」と、思わぬ臨時収入を手にした与太郎のことを心配した町内のみんなが知恵を出し合います。

そして、その昔、歌舞伎役者の名前をつけた飴を売って儲かった人がいるという話を元に、ただの飴に「孝行糖」という絶妙なネーミングをつけ、鐘や太鼓、売り声などといった演出を施し、江戸の町を流して売り歩かせることにしました。すると、にぎやかな売り声に加え、親孝行な与太郎が売っていることもあり、「この飴を食べさせれば親孝行な子どもになる」と評判を呼び、その飴は飛ぶように売れていったのです。

珍しい出で立ちで人目を集めて売り歩く、ちょっと恥ずかしさを感じるこの売り方は、決して本人が望んだものではありませんでした。それでも与太郎は反発もせず、ひたすら受け入れ、「愚直」に雨の日も風の日も毎日売り歩きます。今でいうなら「パワハラ」や「いじめ」にもなりそうな展開ですが、当の与太郎は、たんたんと目の前のことに「巻き込まれて」いきます。

「自分から発信し、周りを動かす」ことを実行しつづけるのは苦しいものです。ときには、与太郎的な肩の力を抜いた「引きずられキャラ」で周りに流されてみると、気がつけば成功につながっていた、なんてこともあるかもしれません。