日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/10/20 10:37

2日目は朝早く米子を出てJRで松江に行き、松江しんじ湖温泉駅まで歩いて一畑電車で大社へ。ここから1日5本しかないバスで日御碕に向かった。終点のすこし手前の日御碕バス停で降りると、目の前に日御碕神社がある。
日御碕神社は『出雲国風土記』にも「美佐伎社」とある歴史のある神社である。出雲の国造りをした素盞嗚尊(すさのおのみこと)が「吾が神魂はこの柏葉の止まる所に住まん」と柏の葉を投げて占ったところ、柏葉は風に舞って隠ヶ丘に落ちた。後に5代の孫の天葺根命が隠ヶ丘の手前に素盞嗚尊を祀って日御碕神社を建立したという。
日御碕神社は、上の宮である「神の宮」と下の宮である「日沉宮(ひしずみのみや)」にわかれている。日が昇る場所にある伊勢神宮が昼を守り、日の沈むところにある日沉宮が夜を守るいう重要な神社だ。日沉宮はかつては文島(現在の経島)にあり、天暦2年(948)に現在地に遷座した。経島は現在も日御碕神社の神域で、神職以外の上陸は禁止されており、ウミネコの繁殖地としても有名。


日御碕神社の神職は代々小野家がつとめる。小野家は天葺根命の末裔と伝え、明治時代には男爵を授けられている。神職で爵位をもらったのは伊勢神宮の神官以外には少なく、それだけ日御碕神社の地位が高かったことを示している。
このあと、東尋坊のような柱状節理の日御碕の海岸を歩き、日御碕灯台に登って帰途に就いた。

