日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/04/21 10:56

3年振りに東海道ウォーキングに出かけて来た。今回のスタート地点は名鉄国府駅。「国府」と書いて「こう」と読む難読駅だが、律令制で国ごとに置かれていた国府のことを「こう」とも言ったので歴史に詳しい人にはおなじみの読み方。神奈川県の国府津を「こうづ」と読むのもこれに因んでいる。
ここから先はほぼ名鉄線に沿っている。というか、名鉄が東海道沿いに線路を敷設したのだろう。そのため人家が立ち並んでおり、宿場の面影は乏しい。それでも御油宿など各地に松並木があるほか、一里塚も状態よく保存されており、東海道を大切にしていることが伝わってくる。

赤坂宿では大橋屋(旧旅籠・鯉屋)が保存公開されていた。中に入るとボランティアのガイドが無料で説明してくれる。「忠実に復元しているが最大の違いはセコムが入っていること」など、なかなか面白い解説であきさせない。

藤川宿を過ぎ、岡崎宿に入る少し手前の岡崎市大平町には西大平藩の陣屋跡がある。西大平藩は石高1万石。多くの人は聞いたことがないだろう小藩だが、実は町奉行として有名な大岡越前守忠相が初代藩主をつとめた藩だ。
大岡忠相は町奉行時代の功績から1万石に加増されて旗本から大名に昇格し、西大平藩を立藩した。しかし、その所領は各地に分散していたうえ、参勤交代をしない定府の大名だったことから、この陣屋にはわずか10人程しか詰めていなかったという。

出発したのが10時半頃と遅かったため、岡崎宿につく頃には日が傾いてきた。岡崎の街中を抜けて八丁味噌の蔵の前を通り、矢作川を渡って名鉄矢作川橋駅で日没を迎えた。今回は初めて1泊して翌日も歩くので、無理をせずここで終了。距離は約30kmと、ほどよい距離だった。