人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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2つの明智駅

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2026/07/07 10:53

明知鉄道明智駅

岩村駅からさらに明知鉄道に20分ほど乗ると終点の明智駅につく。ここは、平成16年に岩村町などとともに恵那市に合併するまでは明智町という独立した自治体だった。明治・大正期には養蚕・製糸産業で栄えたことから当時の建造物なども残っており、現在は「大正村」と銘打って町全体を一つの博物館に見立てた観光客誘致を行っている。

大正村の1つ・大正ロマン館

また、「明智光秀ゆかりの地」という看板もあるなど、明智光秀に因んだ活動もしているようだ。しかし、ここにある城は明知城といい、遠山7家の一つ明知遠山氏の居城だった。そもそも明智町も発足当時は明知町で、戦後の合併で明智町となったものだ。そのため、明智駅も国鉄時代は明知駅だった。

明知城址

実は岐阜県内に明智駅はもう1つある。名鉄犬山駅から新可児駅を経て御嵩駅に至る広見線という路線がある。ただし、新可児駅を境に直通はなく、新可児駅から御嵩駅までの間は現在廃線の話が進んでいる。

名鉄明智駅

実際乗車してみると新可児駅には中間改札があり、その先では交通系ICカードが使えないだけでなく、車内では新札の両替もできないなど、全く設備投資をしていないことがわかる。それでも沿線には複数の高校があり、それなりに利用者はあるようにも見えた。

さて、新可児駅の次の駅が明智駅である。1駅とはいえ3.5kmもあり結構遠い。こちらの明智駅から南に15分程歩いたところに明智城址公園があり、ここから山頂の明智城址まではすぐ。本丸跡には光秀の銅像も建てられている。

明智城址大手門
本丸跡の光秀像

ここは清和源氏土岐氏庶流の明智氏の居城で、戦国時代に斎藤義龍に敗れて落城するまで200年ほど拠っていた。なお、光秀はこの明智氏の一族とはされるものの関係ははっきりせず、出生地などはわからない。因みに、こちらの「明智」も古い史料には「明知」と書かれており、ともに「知」から「智」に変化している。

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