人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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葛飾区の立石様

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2026/01/20 10:16

立石様

葛飾区にある立石様というのをご存じだろうか。奈良の天石立(あまのいわたて)神社のように巨石に対する信仰は各地にあり、立石という地名のルーツとなった立石様は、地中にある巨大な石の先端だけが地面に露出しているという。

立石様があるのは、京成線立石駅と青砥駅のちょうど中間、蛇行する中川ほとりの立石児童遊園である。遊園地の一角に鳥居が建てられ、そのさきに玉石垣に囲まれた小さな石があった。

中川

実は、江戸時代には地面から露出している部分だけで高さ60cm以上あったという。地面を掘っても底が見えなかったことから「根有り石」とも呼ばれ、名所として知られていた。

江戸時代終わりには周囲に玉石垣が設けられ、やがて風邪の煎じ薬や、愛石家のコレクションとして削り取られた。さらに日清・日露戦争の際には弾よけのお守りとして削る人が続出した結果、現在では地面からの高さはわずか数cmしかない。

数cm露出している石

現在、この石は千葉県の鋸山付近で採集された房州石とわかっており、古墳時代に石室をつくるために石材として持ち込まれたものと考えられている。また、ここは古代東海道のルート上にあり、道標としても使われたらしい。

室町時代にはすでに付近は「立石」という地名になっており、古くからこの地を代表するものだったと思われる。

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