日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/01/13 10:23

高山本線で下呂から北上すると、高山の1つ手前に「飛騨一ノ宮」という駅がある。文字通り飛騨の一宮の最寄り駅ということで、下呂から普通列車に乗ってこの小さな無人駅で降りてみた。
現在は高山市一之宮町だが、平成大合併の前までは大野郡宮村であった。明治22年の町村制施行とともに宮村となり、以来136年間一度も合併することなく続いた小さな村であった。この「宮」という地名はもちろん飛騨一宮を指している。駅の北側には臥龍桜で知られる臥龍公園がある。高さ20m、枝張り30mに及び、樹齢1100年という巨大なエドヒガンザクラは桜の時期には花見客で賑わうという。
一方、駅の南東部に5分ほど歩いたところにある水無神社が、村や駅の名前になっている飛騨の一宮である。
「水無」というユニークな名前は「みぬし」の転訛とも、宮川が社前で伏流し水無川原とよばれるためともいう。御神体は神社の奥にある位山(くらいやま)という山で、祭神は大己貴命など15柱、合わせて水無大神(みなしのおおかみ)と総称されている。
さて、水無神社は大原騒動でも知られている。江戸時代中期以降、高山地区は天領となり飛騨郡代が治めていた。この郡代をつとめた大原紹正・正純父子に対して、明和騒動、安永騒動、天明騒動の3度にわたって大規模な百姓一揆がおこり、正純は八丈島に流罪となった(紹正はすでに死去)。この安永騒動では水無神社が農民の決起集会の場所となり、神社前には「大原騒動 一宮大集会之地」という立派な碑が建てられていた。

一之宮から高山へは高山本欄の本数が少なく、バスに乗車。20分ほどで、高山駅前の高山濃飛バスセンターに着いた。