トラブルが起きて初めて「そこにリスクが潜んでいた」ことに気づくのはよくある話です。しかし、事業を継続していくには、まだ表面化していないリスクを予測し、備えることが大事です。会社の日常業務に潜むリスクと、その対応策を弁護士・山田重則氏が解説します。
※本記事は月刊「企業実務」の連載・「まさか!」に備える総務のリスクマネジメントを転載したものです。本連載のバックナンバーはこちら
近年、人材の流動性が高まっています。大手企業もこれまでのような新卒一括採用に頼るのではなく、中途採用を積極的に進めるようになりました。その背景としては、人手不足の深刻化という「量」の側面と、多様な知識、経験を有する人材の獲得という「質」の側面が挙げられます。
しかし、人材の流動性の高まりは、新たな問題も引き起こしています。たとえば、退職者(役員・従業員)による、秘密情報やノウハウの流出、顧客の奪取、従業員の引抜きといった問題です。
営業秘密の漏えいの約4割が中途退職者(役員・従業員)によるものとの調査結果もあります(独立行政法人情報処理推進機構「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」)。
退職者が、退職時に秘密情報やノウハウを持ち出す理由は、それらを使って自ら事業を興したり、あるいは、競合企業への転職とその後の事業活動を有利に進めたいと考えるからです。退職後の顧客の奪取や従業員の引抜きも、同様の理由からです。
退職者にこのような行為を思いとどまらせる最も効果的な方法は、退職者による「競業」そのものを禁止・制限する(競業避止義務を課す)ことです。
競業避止義務を定める際の注意点
あらかじめ退職者による「競業」を禁止・制限しておけば、もし、退職者がそのような行為に及んだ場合は、そのような行為をやめさせたり、損害賠償請求をすることができます。
しかし、退職者にとっては、広く「競業」を禁止・制限されると、前職の仕事とはまったく関係のない仕事に就く必要が生じます。前職で得た知識、経験が転職先で一切活かせないというのは、退職者にとっても酷でしょう。
そこで、退職者には、職業選択の自由(憲法22条1項)が保障されていることを理由に、「競業」を禁止・制限する契約(競業避止義務)は、一定の場合に限って有効と考えられています。
あまりに退職者にとって不利な競業避止義務を定めると、そのような契約は無効となってしまいます。実際に退職者による「競業」がなされた場合に効果を発揮しないため、競業避止義務の内容を定める際には注意が必要です。
競業避止義務の有効性は、実務上は、次の2つの観点から判断されます(下表)。
1.競業避止義務を退職者に課すことで企業に守るべき利益があるか
競業避止義務は、退職者に競業避止義務を課すことで守ろうとする「技術的な秘密」や「営業上のノウハウ」等が、法的保護に値するような重要な情報であるといえる場合に認められます。
仮に、退職者が在職中にそのような情報に触れていなければ、そもそも退職者に競業避止義務を課す必要がないため、競業避止義務の有効性は否定されます。
2. 競業避止義務の内容が目的に照らして合理的な範囲にとどまっているか
これについては総合的に判断されますが、特に、次に該当する場合に、認められる可能性が高いといえます。
c 競業避止義務の存続期間が1年以内となっている場合
d 禁止行為の範囲が業務内容や職種等によって限定されている場合
e 代償措置(高額の給与や退職金)が講じられている場合
逆に、次の場合は認められる可能性は低いといえます。
c 競業避止義務の存続期間が2年を超える場合
d 禁止行為の範囲が一般的・抽象的に定められている場合
e 代償措置が講じられていない場合
退職時に誓約書の提出を義務化しておく
退職者に競業避止義務を課すための最も効果的な方法は、退職者から、退職時に競業避止義務を負う旨の誓約書を提出してもらうことです。
退職する時点では、その退職者が在職中に触れた情報の重要度に応じて、地域的な限定や存続期間、禁止行為の内容を個別具体的に定めることができるため、競業避止義務が有効となる可能性が高まります。
しかし、在職中の処遇などが理由で、退職者が会社と対立したまま会社を去るケースでは、素直に誓約書の提出がされないことがあります。また、退職後に競業を予定している退職者ほど、誓約書の提出を拒む可能性が高いでしょう。
そこで、就業規則において、退職時の誓約書の提出を義務化しておくこともあわせて検討するべきです。退職時の誓約書の提出が義務化されていれば、会社としては退職者に誓約書の提出を強く求められますし、退職者としても、就業規則に正面から反する対応は躊躇せざるを得ないでしょう。
誓約書(競業避止義務)の有効性は、前述のとおり総合的に判断されるため、どのような事案でも有効といえる条項を定めることは困難です。たとえば、次の条項のように、存続期間や禁止行為の範囲を相応に限定した内容であれば、有効と認められるケースも多いと考えられます。
【文言例】
誓約書の競業避止義務条項
私は、退職後1年間は、自らまたは新たな勤務先において、私が在職中に担当した貴社の取引先との間で、貴社と同種の取引を行なわないことを誓約いたします。
就業規則の誓約書提出義務条項
従業員は、当社を退職する際、秘密保持の確認や競業避止義務の確認等を含む、当社の指定する誓約書を提出しなければならない
人材の流動性は今後も高まる一方です。企業としては事業の継続的な成長のため、多様な人材を受け入れつつ、自社の秘密情報や顧客、従業員といった競争の源泉は守る必要があります。
退職者に対し競業避止義務を課すことは、自社の競争の源泉を守るうえで有用な対策です。その内容に配慮しつつ、定めるべきといえるでしょう。
執筆者:鳥飼総合法律事務所パートナー弁護士・山田重則
印紙税や固定資産税などの税務のほか、企業、個人問わず幅広く業務を行なう。相続や後見に関する公的活動に従事するほか、大学で法的な文章の書き方の授業も受け持つ。








