今日、9月12日は「宇宙の日」です。28年前の1992年9月12日に毛利衛さんがスペースシャトル「エンデバー号」で日本人初の宇宙飛行士として宇宙に旅立ったことを記念して制定されたそうです。

日本実業出版社では先月、『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』を刊行しました。車椅子の物理学者・ホーキング博士が遺した宇宙にまつわる言葉を、現役宇宙飛行士である若田光一さんが読み解いた1冊です。

今回は同書の中から、ブラックホールに関する新たな理論を展開するなど、その生涯を宇宙の研究に捧げたホーキング博士をはじめとし、生前活躍された世界の宇宙飛行士たちが残した言葉を紹介します。

※本稿は『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』を再編集しています。

「愛する人々」から生きる意味を見出したホーキング博士の言葉

愛する人たちが住んでいなかったなら、宇宙もたいしたところじゃない
(『BBCニュース』2018年3月14日より)

ホーキング博士はこのことを、別な言い回しでも述べています。

私が愛する人たち、私を愛してくれる人たちがいなかったら、宇宙はうつろな世界だったろう。その人たちがいなかったら、私にとって宇宙の不思議は失われていたにちがいない」(『ビッグ・クエスチョン〈人類の難問〉に答えよう』より)。

人間にとって家族や友人など、愛する対象が存在するというのは、とても幸せなことだと思います。自分が愛する人々がいて、自分を愛してくれる人々がいてくれるからこそ、人は人生の中にその意味と生きる意義を見出すのだと思います。

私たちはそんな人間同士の絆の中で生まれ、育ち、成長していきます。私たちの価値観や考え方を育むバッググラウンドは、時に国、人種、宗教、文化、習慣という枠組みであることもあります。しかし、それらの枠組みは同時に、古い時代からの連鎖として続いてきた対立や闘争の要因でもあり、その枠組みによって人類は分断されてきたという側面もあります。

人類初の宇宙遊泳に成功、アレクセイ・レオーノフ氏の言葉

ロシアの伝説的な宇宙飛行士にアレクセイ・レオーノフさん(2019年10月11日没、享年85歳)という方がいます。

私も何度かお目に掛かってお話しさせていただいたことがあります。とても温厚でオープンマインドな方でした。彼は人類初の宇宙遊泳や、1975年のアメリカとの共同ミッション「アポロ・ソユーズテスト計画」では、ソ連(現ロシア)側の宇宙船ソユーズ19号の船長でもあった人です。

当時、激しい宇宙開発競争を繰り広げていた二つの超大国が手を取り合って実施されたこのミッションでは、アメリカとソ連の宇宙船を宇宙空間でドッキングさせるのが目的でした。彼は絵が得意だったので、宇宙船に紙と色鉛筆を持ち込んで、ミッション中に地球をスケッチしたり、ドッキング中にアメリカの飛行士の肖像を描いたりしたエピソードが残っています。

そんな彼が近年、緊張が高まる国際情勢の中で再び冷え込んでいるロシアと米国の関係について聞かれて、「宇宙飛行士の間に国境が存在したことはない。こうした考え方が、政治家の心に浸透する日が来れば、地球は変わっていくはずだ」という言葉を残しています。

私も各国の宇宙飛行士と長年、地上そして宇宙で仕事をしてきましたが、一緒に時間を過ごす中で感じるのは、それぞれ国や人種や文化や宗教といった「衣ころも」を着込んでいるものの、それを一枚一枚脱いでいけば、残るものは結局、その人「個人」の人間性しかないという事実です。

つまり、国籍や人種などによって醸造された政治思想や社会思想などのイデオロギーは、その人間を物語るほんの一部でしかないということです。

「たった一つの地球しかない」故サウジアラビア王子の言葉

1985年にスペースシャトルで宇宙飛行したサウジアラビアのスルタン・サルマン・アル・サウド王子が、宇宙から地球を眺めながらつぶやいた言葉が印象的です。

それは「最初の1、2日は、みんなが自分の国を指さしていた。3、4日目はそれぞれの大陸を指さした。そして5日目にはみんな黙ってしまった。そこにはたった一つの地球しかなかった」というものでした。

彼ら二人が共通して言っていることを私なりに解釈すれば、「宇宙へと活動領域を拡大することは、人類の価値観を、国・人種・文化・宗教といった枠組みを超えた視点、文字通り地球全体を俯瞰する視点からとらえることを可能にしてくれる」ということです。

我々は宇宙に出たことによって、自らのアイデンティティのルーツを広げつつあるのだと考えます。

**

人間というのは地球という故郷を離れ、遠くに行けば行くほど、人類としての結束力や団結力が強まるように思います。さらに言えば、宇宙へと活動領域を切り拓いていくことで、地球人類としての一つの価値観が形成され、凝縮され、高まっていくような気がしています。

我々は、宇宙の科学的な研究や開発を通じて、宇宙に対する洞察を深めていくことで、我々自身やふるさとのこの青い惑星に対する理解と愛といった感情も深まっていくように思うのです。

地球という閉鎖系に生命体が留まっていることは、エントロピー(熱力学等で定義される状態量の一つ。系の乱雑さ・無秩序さ・不規則さの度合を表す量で、物質や熱の出入りのない系ではエントロピーは減少せず、不可逆変化をする時には、常に増大する)の増大、つまり朽ちていくことを意味します。

生命体は閉鎖系ではない開放系で命を保っている限り、すなわち宇宙へと活動領域を拡大していくことでエントロピーを減少させる、つまり人類としての秩序を維持し存続していけると考えられます。