現代のビジネスシーンは「いかに膨大なデータを処理するか」にかかっており、そのためには適切なデータモデリングが必要となります。これは先進企業に限った話ではなく、またシステム開発に携わるIT技術者だけが知っておけばいいというものでもありません。非技術者にも必要となる知識です。

たとえば、個人商店であっても仕入れや売上を管理するための台帳を作成することがあるでしょう。そして、それを作る際には構造を考えねばなりません。その構造が適切でなければ、下図のようなおかしな表になってしまうかもしれません。

どこがおかしいかわかりますか?(答えは本記事の末尾に記載。『システム開発・刷新のためのデータモデル大全』P.16より)

そうしたデータモデリングの重要性を、『システム開発・刷新のためのデータモデル大全』(渡辺幸三著)よりみてみましょう(本記事は同書「はじめに」より、一部を抜粋・転載したものです)。


システム開発のプロだけが知っておけばいいという話ではありません。ユーザー側にもデータモデルに関する一定のリテラシーが求められます。

まず、開発者の多くがDB設計に習熟できていないという現実があるのなら、システムの発注者も賢く対処しなければなりません。業者のスキルを事前にチェックできなければ、数千万~数十億円ものシステム投資が無駄になるからです。とくにDX(デジタル・トランスフォーメーション。デジタル化を前提として事業を全面刷新すること)が目的とされた場合、協業する業者には卓越した設計スキルや創造性が求められます。

幸運なことに、業者の設計スキルを測るのは難しくありません。彼らにシステム要件を簡略に説明し、その場でデータモデリングしてもらえば、業者の能力は残酷なほどに明らかになります。データモデルはスキルやセンスによる違いが顕著に現れる成果物なので、この特性を業者選定に活用できるのです。

また、事務の現場で日常的に使われるExcel等の表計算ソフトであっても、データモデリングの知識の有無で効果が違ってきます。扱いにくい複雑で巨大なExcelシートが、どこの職場にもあるものです。けっきょくDBを使おうが表計算ソフトを使おうが、データを効果的に管理するためには「データの形」が把握されていなければなりません。当たり前ですが、形のわからない情報は管理のしようがないからです。

本書で示すとおり、現実のシステム要件に対して的確なデータモデルを描き出すことは簡単ではありませんが、描かれた的確なデータモデルを理解することは難しくありません。喩えるならば、堅牢かつ美しい建築物の設計図を生み出すには訓練が必要ですが、素人である施主がその図面を眺めて納得することは難しくないのと似ています。その意味でデータモデリングの考え方は、複雑な形をとるデータに関わるすべての職業人が身につけておきたい現代的な教養といえます。

これに関して、子供たちへのプログラミング教育が取り沙汰されていますが、データモデリングを教えたほうが彼らの将来に役立つでしょう。なぜならプログラミングの枠組みが変化・発展し続けているいっぽう、データモデリングの枠組みや意義はそれが生まれて半世紀たった今でもほとんど変わっていないからです。また一般の社会人にとっては、プログラミングのスキルを発揮して対処すべき状況よりも、データ構造を論理的に捉えて対処すべき状況のほうが、遭遇する確率がはるかに高いからです。

本書では、データモデリングの読み書きだけでなく、素朴な売上伝票から国家予算までのさまざまなモデリング事例を図鑑のように網羅しました。さまざまなシステム要件を、データ構造と関連させて理解するためです。また、本書で説明される程度の基本的な業務知識やモデリングパターンを知らないままでは、システム刷新の起点となる革新的なデータモデルは生み出せないからです。さらに、豊富なモデリング事例とセットで示すことで、技法や表記法の実効性もわかるからです。

読者が関わる職場や事業をコンピュータを用いて確実に合理化する。また、読者が身の回りのデータをコンピュータに取り込んで効果的に管理する。そして、日本が抱える膨大な非効率が少しでも是正されるために、本書の内容が役立つことを願っています。

著者プロフィール

渡辺幸三(わたなべ・こうぞう)

業務システム開発を専門とするプログラマ。システム設計ツール「X-TEA Modeler」、ローコード開発ツール「X-TEA Driver」の開発者。『データモデリング入門』『生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング』『上流工程入門』(以上、日本実業出版社)、『業務システムモデリング練習帳』(日経BP社)、『販売管理システムで学ぶモデリング講座』(翔泳社)他。


(記事冒頭の画像クイズの答え)

「ノコギリ」が月初在庫も仕入額も0なのに、販売額があって儲けが出ている。これは、台帳を「鋸」「鉋」「金槌」……といった商品別に集計しており、「鋸」の販売額の一部が「ノコギリ」の販売額として記帳されてしまったことに原因があります。正しくは、「鋸」と「ノコギリ」の行を足して、販売額780,000円、粗利200,000円となります。このような間違いが起きないようするするためには、「商品台帳(商品マスター)」を整備する必要があります。以下は本文をご覧ください。