(中野香織さん/by Onda Takuji)

クリエイターの生き様はインスピレーションの宝庫

――経営者やビジネスパーソン向けに講演やトークショーを行なう中野さんですが、一般的なビジネスパーソンが教養としてアパレル・ファッション史を学ぶことにどんな意義があるとお考えですか?

いまはとくに経営者もアート感覚が必要な時流ですね。「美しさと社会はどのような関係にあるのか」「美を通して社会に変革をもたらすとはどういうことなのか」を、個々の具体例を通して学ぶことで、軽視されがちなファッションの力を社会の動力として再認識できるとともに、真・善・美という人間にとって普遍的な価値に判断を下すための、幅広い視野をもつことができます。

また、トレンドの発信源の行動原理を知ることで、「次になにがくるのか」と想像力を働かせ、流行が生まれる仕組みを考えるための知見を養うこともできます。

――社会人として知っておきたい常識でもありますよね。

生々しい必要性の話をしますと、グローバルビジネスの世界では、各都市のコレクションの最新情報やクリエイティブディレクターの移籍情報、ファッション展などの話題は、社交場ではごく自然に交わされます。そのため、世界で闘いたい全ビジネスパーソンは、『アパレル全史』に登場する人物とその功績は、最低限の会話のネタとして頭にたたきこんでいただければ幸いです。

そこまでの武器を求めないという方でも、モードを通して社会に変革をもたらした「人」の生き方、考え方そのものがインスピレーションの宝庫です。

「変革者」たちの共通点

――『「イノベーター」で読む アパレル全史』には、イノベーションを起こすヒントがたくさん書かれているように思いました。中野さんから見て、この本に登場する革新的なクリエイターたちに共通する思考法や考え方はどういうものだと考えられますか?

重複しますが、常識とされていることや主流となっている価値観に対し、素朴な疑問を抱き、その感覚を大切にして抵抗し、新しい価値をもたらすために、不平不満をもらさずいち早く行動していること。

――常識への疑問と抵抗が創造のエネルギーなんですね。

あとは、業界の「圏外」から発想していること。ファーストリテイリングの柳井正さんもそうですが、まさか!という手法をもちこみ、最初はばかにされても、一貫して方針を守りながら進化を続けることで、結果として、社会変革がもたらされたり都市の光景を変えたりしています。

――仕事観や人生観についてはどうでしょう?

現代は、ワークライフバランスや働き方改革がうたわれる時代ではありますが、イノベーターは全人生を仕事に投入・反映している傾向が強いです。プライベートを含めたすべての経験や瞬間を真剣に生き、そこから作品が生まれるケースが多いのです。結果としてそうなっている、ということですが。

――「仕事かプライベートか」というよりも、常にクリエイターとして生きているイメージですね。

それぞれのプレイヤーが、自分のオリジンに根差したやりかたで、自分の個性から生み出した流儀でビジネスを行なっています。そのプロセスそのものにコミットして楽しんでいるさまが共感につながっているのでしょう。すべてのクリエイターに感じるのは、人が人としてこの世に美しく存在することに対する全肯定というか、祝福です。

アパレル業界、今後の課題

――現代は、産業構造が猛スピードで変化する「先の見えない時代」と言われ、SDGsなど世界的に様々な取り組みが行なわれています。アパレル・ファッションの分野は、それらに今後どう関わっていくと考えられますか?

アパレル産業は、石油産業に次いで地球環境を汚染している産業とされ、糾弾されています。それを受けて、フランスではケリングのピノー会長のリーダーシップのもとにファッション協定が結ばれ、地球環境を守るために積極的に行動しようとしています。

服をめぐる価値を変えることも必要です。毎シーズン、「新しい」服を買ってもらわなくてはビジネスが成り立たないアパレル業界にとって、サステナブルな服を提供するというのは矛盾に満ちたことなのですが、その難題を解決し、全方向に満足を与えることができるようになれば、それは一大イノベーションとなるでしょう。

――貴重なお話をどうもありがとうございました。


プロフィール

中野 香織(なかの かおり)

服飾史家/株式会社Kaori Nakano 代表取締役/昭和女子大学客員教授。ファッション史やモード事情に関する研究・執筆・講演を行うほか企業のアドバイザーを務める。1994年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得満期退学。英国ケンブリッジ大学客員研究員・東京大学教養学部非常勤講師・明治大学国際日本学部特任教授を務めた。
著書に『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮社)、『モードとエロスと資本』(集英社)などがある。オフィシャルサイトはこちら