アパレル・ファッションの分野で流行を創り、イノベーションを起こしてきたクリエイターたち。『「イノベーター」で読む アパレル全史』は彼らの革新的な功績に焦点をあて、アパレルの歴史を概観する1冊です。

ここでは著者の服飾史家・中野香織さんに、ご自身が実際にどのようにイノベーターたちからインスピレーションを受けたのか、また、彼らに共通する思考法や考え方を聞いてみました。

魅力的なイノベーターたちとの出会い

――服飾史家を志したのはいつごろからですか? また、そのきっかけは?

志したことはありません。導かれた、というのが率直なところです。

イギリス文化を研究していた大学院時代に、ジェントルマンシップやダンディズムと結びついた男性のスーツをテーマに修士論文を書きました。それを土台に、一般読者向けの『スーツの神話』(文春新書)という本を出しました。

その本が話題となり、日本経済新聞社から週1回のファッションコラムの依頼が来ました。その際に、担当記者が「服飾史家」という肩書きをつけてくれました。「研究者」が書く堅いコラムではなかったので、これがちょうどよいという印象でした。

この連載は7年半続いたのですが、週1回、古今の男女ファッション現象をテーマに7年半も書き続けていると、その分野をほぼすべてカバーするエキスパートにならざるをえません。その後も、いただいた仕事に対し、ご期待の120%で応えることで目の前の人に喜んでいただくことを淡々と続けてきました。需要とご依頼があることに感謝しています。

――大学の卒業論文にマリー・クヮントをお選びになったそうですが、やはり一番影響を受けたクリエイターも彼女なのでしょうか?

はい、マリー・クヮントです。

おかげさまで多くのすばらしいクリエイターや経営者に直接インタビューする機会も多々いただきましたが、最初にコンタクトをとったデザイナーはマリー・クヮントでした。

――どうして彼女を選んだのでしょう?

マリー・クヮントはイギリス生まれで「ミニスカート」を開発し、若者文化の革命を先導しました。先ほどお話しした通り、わたしはイギリス文化を研究していたので「イギリス文化のひとつとしてのミニスカート」というスタンスで論文を書きました。

また、大学の教授の何人かが「ファッションなんて軽薄なテーマはアカデミズムにそぐわない」とはっきりおっしゃったことも、あえてファッションデザイナーをテーマに選ぶ契機になりました。もともとわたしの中にも反・権威的なところがあったので、権威からNGを出されるとかえって燃えました。若かったですね(笑)

大切なのは、常識への抵抗とそれを軽やかに表現すること

――マリー・クヮントは、女性を“不自由さ”から解放したいという自分の願いを原動力としてミニスカートや防水マスカラを世に出し、結果として大きな影響を与えました。彼女のように、自分の願いをイノベーションに結びつけるにはどのような態度(アティテュード)が必要だと思いますか?

主流や常識とされていることに対する抵抗や疑問は、すべての革新者の行動のベースにあります。そのうえで、少数派であろうと自分の美的感覚を無条件に信じる自己肯定感と、思いをすぐ行動や創作に変える行動力があります。

とくに思いの強さを感じるのはシャネルですね。彼女には、自分を認めなかった上流階級へのリベンジ意識が常に底流にありました。ヴィヴィアン・ウェストウッドも同調圧力に対して、1970年から現代まで「破壊して創造する」というパンクな態度で常に闘い続けています。

――反骨精神や社会の常識に疑問を抱く態度が必要だということですね。

一方で、主張主義だけだと重たくなってしまい社会を変えるのは大変です。サンローランのように、「ぼくの服を美しくセクシーな黒人に着せたかったんだ」と言って、あっさりと多文化主義を後押ししてしまうような軽やかさもファッションには必須ですね。

――なるほど。では、マリー・クヮントのほかに中野さんが影響を受けたクリエイターを3人あげるとしたら誰を選びますか?

ジョルジオ・アルマーニからは、ストイックに仕事に向き合う姿勢に関して、多大な影響を受けています。84歳にして、凛とした姿勢で1時間立ったままインタビューに答えていたのは驚異的でした。現在「常識」となっている広告手法の数々の慣例を、アルマーニはまっさきに「革新的な手法」として行ってきました。大胆にしてエレガントな巨匠で、人としても尊敬しています。

ケリングのフランソワ=アンリ・ピノー会長の印象も鮮烈です。時代の先を見て布石を打つ頭の良さや、17世紀の病院を改修して古今のアートを飾り、超ハイテクの現代的な本社に変えるという並外れたセンスのよさに圧倒されました。資本家とはこのように発想し、行動するのかという1つの模範例を見る思いがしています。

芦田淳さんには何度もお目にかかり、情熱的でピュアでやんちゃなお人柄にも魅了されました。美に関してはとことん厳しい仕事ぶりで、顧客に対するもてなし方からも、学ぶところが本当に多かったです。日々の生活すべてが基盤にあり、そこからはじめてライフスタイルとしてのファッションが生まれるのだということを、芦田ファミリーは生き方そのもので示してくれています。

――多くのクリエイターにインスピレーションを受けていらっしゃるんですね。

ほかにも、来日時にランチをご一緒したフレデリック・マルやキリアン・ヘネシーに、アニヤ・ハインドマーチ、サービス精神にあふれていたドメニコ・ドルチェやステファノ・ガッバーナ、大学で講義をしていただいたキーン・エトロなど……3人には絞り切れませんね(笑)