「正統主義(レジティミズム)」を破壊したナポレオン

18世紀末、フランス革命で、民衆は国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットを処刑しました。王を失ったフランスは秩序を失います。陰謀が渦巻き、ならず者たちが跋扈して殺戮を繰り返し、人々を恐怖のどん底に陥れました。

そのならず者たちの大将にのし上がっていったのがナポレオンです。ナポレオンが従えた将軍たちは皆、得体の知れない強欲な野心家たちで、その将校たちは盗賊か詐欺師、殺人者など「ワケあり」の者ばかりでした。ナポレオンはこのような怖いもの知らずの人間を率いて、ヨーロッパ中を荒らし回り、略奪・強姦の限りを尽くします。

そして、「コルシカ島出身の野暮な田舎者のナポレオンが皇帝になれるのなら、自分もなれる」と考える者が後を絶たず、ナポレオンの存在自体が社会不安と変乱の温床となったのです。

最終的には保守派が巻き返し、ナポレオンは失脚。そして、1814~15年のウィーン会議で「正統主義(レジティミズムlegitimism)」を採択し、ヨーロッパ諸国の王室をフランス革命以前の状態に復活させ、秩序を回復させようとしたのです。フランスでもブルボン王室が一時、復活します。

わが国の皇統、日本人のすぐれたバランス感覚

フランス革命とナポレオン時代の騒動で痛い思いをして、ヨーロッパ人は「王室の安泰=秩序維持の根幹」という基礎的な政治原則、つまり「正統主義」の重要さについて、思い知らされました。ただし、フランス人はこの原則をすぐに忘れて、再び騒動(二月革命)に巻き込まれます。

「正統主義」の原則の重要性を、世界のなかで最もよく理解していたのが日本人です。日本では、前述の中国の朱元璋と同じく百姓出身の豊臣秀吉がいます。秀吉は将軍になれず、幕府を開くことができませんでした。それは「正統主義」の政治原則を揺るがすことはできないという万人の総意によるもので、日本人のすぐれたバランス感覚の表れでした。

このように、わが国は世界のどの国よりも「正統主義」を徹底してきました。「正統主義」は当然の政治原則であったので、ヨーロッパ諸国のように、わざわざ言い立てる必要がなかったのです。

天皇陛下の譲位に伴い、2019年5月1日に、皇太子さまが新天皇となられます。譲位後、陛下は「上皇」、皇后陛下は「上皇后」となられます。平成の終わりに、皇室を世界王室の「王統」の文脈でとらえ、その稀有なる歴史をわれわれ日本人が再認識できるような本を、という思いで、『「王室」で読み解く世界史』を上梓させていただくことになりました。

現在、世界で王(King)はいるものの、「皇帝(Emperor)」、と呼ばれる人物は天皇陛下ただ一人です。国際社会において、皇帝である天皇は王よりも格上とされます。では、皇帝と王とは何がどう違うのでしょうか? 

王室が残っている国と残っていない国、たとえばイギリス(王国)とフランス(=共和国)はなぜ、そのように運命が別れたのか。両国の国民はなぜ、そのような運命の選択をしたのか。強大な皇帝制を誇った中国がなぜ、それを葬ったのか。サウジアラビアなどの中東の王たちはいったい何者なのか。さらに、王国であることが、果たして良いことなのかどうか。21世紀の現在において、王とは何か——。

『「王室」で読み解く世界史』はこうした疑問に答えながら、日本の皇室やヨーロッパの王室をはじめ、中東やアフリカにおよぶ全世界の王室をわかりやすく解説した本です。みなさんも、世界の王室の歴史について考えながら、日本の皇室についても考えてみてはいかがでしょう。それが日本の根幹を知り、世界を知ることにつながります。



著者プロフィール

宇山 卓栄(うやま たくえい)

1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』『朝鮮属国史——中国が支配した2000年』(以上、扶桑社)、『「民族」で読み解く世界史』(日本実業出版社)などがある。