人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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下呂温泉の「下呂」とは何か

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2025/12/23 10:15

奈良を訪れたあと、今年の最後は飛騨に出かけた。泊まったのは下呂温泉。江戸時代初期、朱子学者林羅山が「摂津之有間下野之草津飛騨之湯嶋是三處也」と記しており、この「飛騨之湯嶋」が現在の下呂を指している。現在でも下呂温泉の地名は下呂市湯之島である。

下呂駅
温泉街

このことから、下呂温泉では「日本3名湯の1つ」とうたい、温泉の入り口には林羅山の銅像が建てられている。なお、すでに室町時代には万里集九が草津・有馬・湯島(下呂)を名湯としてあげており、林羅山はこれに倣ったものと思われる。

江戸時代中期には飛騨街道の下呂宿となる傍ら、湯治場としても栄えた。

ところで、「下呂」とはユニークな地名である。もともとは奈良時代の官道に設置された下留(しものとまり)駅で、これが音読みされて「げる」となり、さらに「げろ」に変化。室町時代には「下呂」という漢字があてられていたらしい。今では「げろ」という音から、カエルが下呂温泉のシンボルマークとなっている。

同じように「上留」から変化した「上呂」という地名もあり、高山本線で下呂駅の3つ先は上呂駅である。そして、下呂と上呂の間には中呂という地名も誕生した。

下呂は韓国ドラマ「赤と黒」(2010,日韓合作)の舞台となったことからか、韓国からの観光客が多かった。旅館や土産物店では日本語よりも韓国語の方が多いくらいで、中国人観光客減少の影響はあまりなさそうだった。

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