人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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アートの島直島と水軍高原氏

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2026/03/24 10:23

本村地区

豊島に行った翌日は直島を訪れた。直島は香川県なのだが、岡山県の宇野港からの方がはるかに近い。従って定期船も宇野港からの便が多く、高速船だとわずか15分しかかからない。

一方、高松港から乗った高速船は宮浦港まで30分ほど。平日にも関わらず補助席までおろしてほぼ満員で、その8割程は欧米人だ。小豆島とは違って島が小さいため、自転車があれば島内を巡ることができる。そのため港の前にはいくつかのレンタサイクルショップが並んでおり、どの店も英語で外国からの観光客に対応していた。

直島はかつては金属の精錬で有名な島だった。一時は人口が7800人にも達したというが、精錬所のなくなった今では3000人以下。しかし、地中美術館、直島新美術館など次々と美術館が建設されて、今ではアートの島として欧米から多くの人が集まる観光地となっている。なかでも、宮浦港の埠頭にある草間弥生のカボチャのオブジェは有名。

さて、直島は歴史的にも重要な島だった。中世、この島には水軍を率いた高原氏という一族がおり、瀬戸内海で一定の力を有していた。高原氏は藤原姓といい、家伝によると鎌倉時代初期に直島支配をまかせられたと伝え、代々直島・男木島・女木島の3島を支配していた。

そして、天正10年(1582)に豊臣秀吉が備中高松城を攻めた際に高原次利が水軍を率いて海上警護にあたり、これを機に秀吉から3島の領有を正式に認められた。以来、秀吉の九州攻めや、文禄・慶長の役にも水軍を率いて参加しており、関ヶ原合戦では東軍に属して本領安堵された。江戸時代は交代寄合として2000石を知行、代々直島領主だったが、江戸中期の元禄年間仲頼(数馬)のときに改易された。

宮浦港から自転車で10分程走ると、直島東部の本村地区に出る。このあたりは古くから湊町の風情が残る地区だ。この一角の小高い山の上に高原城跡があり、その近くには高原家墓地がある。極楽寺の横にあった高原氏の菩提寺は江戸後期の大火で廃寺となり、現在はその墓石だけが残っている。しかし、次利の立派な五輪塔は当時の勢力を彷彿とさせる。

高原城跡
高原城の堀切
五輪塔
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