前編では、書籍の包装機器メーカーとしてナンバー1となった株式会社ダイワハイテックス(以下、同社)が、縮小する書店市場を前にどのような策をたて、取り組んでいったのかを解説した。後編の今回はその続きとして、大手包装機メーカーがしのぎを削る激戦区である「通販企業向けの発送システム」市場で、いかにして競争に打ち勝っていったのかを解説する。

※本記事の前編はこちら
※本記事は『ランチェスター戦略 〈圧倒的に勝つ〉経営』(福永雅文著、以下同書)より一部を抜粋・編集したものです。

売り方の差別化……売った後に利益化する

同社が開発したのは小型の発送システムです。通販事業を始めたベンチャー企業や、大手であっても新事業として通販事業を始めて間がない会社が狙い目です。

人力でやっていた発送業務を機械化したほうが効果的・効率的ではないかといった段階の企業に向けた機器です。価格でいうと1000万円以上3000万円未満が同社の市場です。7年リースで月額10~30万円台です。人を増やして人力でやり続けるか、機械化するのかの境目です。

大手は3000万円未満の機器には向いていません。なぜなら、メーカーは機器を売ることで利益を出す必要があり、販売会社は売った後の消耗品で利益を出す必要があります。

それに対して同社はメーカー直販ですから、機器を安く販売しても販売後の消耗品販売で成り立ちます。使い捨てコンタクトレンズや化粧品や健康食品といった定期購入品を楽天市場などで通販する企業などへ販売し、通販向け発送システム事業は年商14億円となりました。コミック包装をはじめ、ほかの事業の合計が8億円で計22億円の6割以上の構成比です。コロナで通販市場はますます活性化しているので、さらなる飛躍が期待されます。

同社の包装機は、書店のコミック本に「集中」し、これまでにない商品をこれまでにない売り方で「差別化」し、直接商談を重視した接近戦で「ナンバー1」になりました。その市場が縮小傾向になると、顧客の繁盛支援と製品開発で売上ダウンを抑止するとともに、技術転用で新製品をつくり、直接営業する組織能力を転用して新市場を開拓します。

そのなかで通販業界の発送システムが本業を上回る事業規模となりました。小さな通販会社だけを狙う「集中」です。小型で軽量で低価格の「差別化」された製品です。売り方もメーカー直販で売った後の消耗品で利益を生み出す「差別化」です。直販の「接近戦」です。

アンゾフの企業成長ベクトルを中小企業向けに応用する

企業の成長の方向性(ベクトル)は4方向あると、アメリカの経営学者のイゴール・アンゾフは提唱します。事業を製品と市場の2軸に区分します。

それをさらに既存と新規に区分します。すると企業の成長の方向性(ベクトル)は4方向あることになります。これを成長ベクトルや成長マトリクスといいます。

  1. 既存製品×既存市場……市場浸透戦略
  2. 新規製品×既存市場……製品開発戦略
  3. 既存製品×新規市場……市場開拓戦略
  4. 新規製品×新規市場……多角化戦略
(同書P121より)

既存事業を深耕する「1.市場浸透戦略」は重要ですが、経営環境が大きく変わってきているなか、市場浸透戦略だけでは会社の未来は描けないことは確かです。コロナで市場が激減した企業が多く出ました。同社のように災害がなくても市場が半減してしまうこともあります。

そのため、「2.製品開発戦略」「3.市場開拓戦略」「4.多角化戦略」に取り組んでいく必要があります。筆者は2~4をまとめて「新分野への進出戦略」と呼んでいます。

コンサルタントの筆者は長年、アンゾフの企業成長ベクトルをコンサルティング先に活用してきました。その経験上、新規の製品や市場といっても既存の周辺(隣地)と、全くの新規(飛び地)に分けて考えることが大切です。

特に経営資源の乏しい中小企業は既存事業との相乗効果を発揮しやすい周辺分野から事業を拡げていくのが成功の秘訣です。以下の2つの図表をご覧ください。同社は「4′.の環境関連」のプラント設備の製造事業からは撤退しました。

(同書P.116より)
(同書P.122より)

本業との関連のない飛び地型の多角化戦略はお奨めしません。社長の趣味の事業化や単なる儲け話は要注意です。同社は2の製品開発で顧客である書店の売上や生産性の向上に寄与します。一定の成果はありましたが、市場の急激な縮小を食い止めるには至りません。

3の市場開拓は韓国への進出です。韓国市場の開拓も既存事業の穴埋めができるほどの規模にはなりませんでしたが、4の隣地型の多角化戦略のきっかけとなりました。隣地型の多角化戦略は、自社の技術を転用して製品開発を行ない、自社の組織能力を転用して市場開拓を行なうものです。

同社は包装技術を通信販売の仕分け・包装・梱包・ラベリングの発送システム全体に転用します。そしてメーカー直販型で培った販売の組織能力で中小の通販会社を開拓していったのです。


著者プロフィール

福永雅文(ふくなが・まさふみ)

ランチェスター戦略コンサルタント。戦国マーケティング株式会社代表取締役。1963年広島県呉市生まれ、86年関西大学社会学部卒。マーケティング関係の仕事を経て99年にコンサルタントとして独立。小が大に勝つ「弱者逆転」を使命とする。「特定市場(地域、顧客層、商品)でナンバー1になることが企業の永続的な繁栄のために最も有効である」との考えのもと、企業の戦略づくりの方法を指導する。営業部門・拠点ごとに市場占有率を把握し、シェアと売上・利益を向上させる目標・戦略・行動計画を策定してPDCAを回す仕組みを導入。集客・営業の「武器」づくりのノウハウを提供する。

2005年よりNPOランチェスター協会で講座の内容とテキストの責任者を務め、後進のインストラクターの養成を行なう。同会常務理事。HIS創業者の澤田秀雄氏が立ち上げた起業家や政治家を育成する澤田経営道場の運営母体で理事を務めるほか、さいたま市の外郭団体や南アルプス市商工会などで若手社長の育成機関で講師を務める。歴史に学ぶリーダーシップ(戦略的思考と人間的魅力)についても著述や研修を行なう。『小が大に勝つ逆転経営 社長のランチェスター戦略』(日本経営合理化協会)、『新版ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則』『ランチェスター戦略「営業」大全』(以上、日本実業出版社)ほか著書多数。