いつもは口が重い料理長の藤井が、間髪を入れず、望海に問いかける。「新しい仕事って、なんだい? 望海ちゃん」

「これから、皆さんに今までの仕事とは別に、新しい仕事をやってもらおうと思うの。もちろん、ただでさえ皆さんが忙しいのはわかっているんだけど、今いる社員さんだけでなんとかやっていきたいの。最近、アルバイトさんやパートさんがほとんど辞めてしまって、また新たにアルバイトさんかパートさんを採用しようかとも思ったけど、またすぐ辞めちゃうんじゃないかって考えたの。皆さんも嫌でしょ。入ったばかりの新人さんにせっかくいろいろ教えたのに、すぐに辞めてしまうの」

さらに、望海は助けを求めるように、パティシエの野口に向かって話しかける。
「ね、野口さん!」
「まぁ、そうだね。望海ちゃんが言うこともわかる」
「だから、皆さん、これから私が話すやり方に賛成してほしいの。まず、今より大変になるんだけど、90分早く出勤してください。そして、皆さんに新しい仕事をそれぞれやってもらいます。もちろん、タダとは言いません。今の給与額に約8%増しで支給します」

「おー、ありがたいね。飲食業では、給料はこれ以上増えないかと思っていたから、嬉しいね。なんでもやるよ。でも、望海ちゃん、大丈夫なのかい?」
給仕長の西村は、喜びながらも心配する。

「私ね、今までのUBOKIのやり方のいいところはちゃんと継承して、飲食店の構造的な課題には新しいアイデアでチャレンジしたいの。だから、私と社員さんだけで、どうやったら利益を出していくかを考えて、それにチャレンジしたいんだ!」
望海の燃え上がるような熱い言葉に、スタッフ全員が一瞬静まり返った後、ざわめき出した。そして、望海をスタッフ全員が凝視する。望海は、人を惹きつけるリーダーとしての要素を身につけ始めたのかもしれない。

「私が考えているのは、早く出勤した時間分は、これから振り分ける新しい仕事だけをやってもらいたいの。例えば、経理なんかは外部に発注するくらいなら、簿記の資格をもっている野口さんに伝票整理してもらいたい。いつもお客様にサンキューレターを書くって言いながらホール業務を優先して、まだ書いたことのない西村さんだって、営業担当になったら、サンキューレターを書くでしょ。

それで、もう1人、社員を増やします。そうすれば、暇な月に人員が過剰になるかもしれないけど、忙しい繁忙月にアルバイトを入れなくても、1人ひとりの能力とモチベーションが高い社員の皆さんなら、少ない人員で乗り越えられると思うの。そして、暇な月には各自、新しい仕事に力を入れてもらう。そうすれば、きっと効率が上がると思うの」

更家ばりの口調で、望海から「UBOKIの『組織改革』」が提起された。
「なるほど」望海より一回り以上、年上の加山が大きくうなずく。
「望海ちゃん、いつの間に、そんなことを考えることができるようになったの? でも、私は何をやればいいの?」
「ありがとう、加山さん。では、今から新しい職務を発表します」
スタッフ全員が、望海の発表を固唾を呑んで待っている。

「料理長の藤井さんは、企画開発部長をお願いします。キャンペーンとか、新しいメニューの開発のほかに、競合店や業界動向を調査してください。加山さんは販促係! ビラを作成して配布したり、ネット販促なんかもお願いします。パティシエの野口さんは、経理係!」

野口は、すぐに手を挙げかけたが、左手でその右手をぐいと引き下げた。
「経理ですか? 飲食店でやるとは思わなかった」
「簿記とか得意でしょ! だから、伝票づけとかをお願いします」
沈黙していた更家が、ようやく助け舟を出した。
「野口さんは、簿記3級の資格をもっているし、パティシエだから、厨房のこともホールのことも詳しいので、伝票の仕訳もできるよね? まぁ、それ以上のことは税理士さんがやってくれるから、大丈夫だよ」

「いいですか、次は給仕長の西村さん。西村さんは、営業部長をお願いします! 毎日、営業してください。例えば、サンキューレターを書いたり、過去にUBOKIを団体で利用してくれたお客様とか、しばらく再来店していないお得意様にアプローチしたりしてくださいね。そして、ソムリエの絹田さんは、レクリエーション係!」
「なんで俺だけ、小学生みたいな係なんだよ!」

「ううん、とても大事な仕事なの。飲み会を考えたり、いろいろなイベントなんかを考えてください。そして、なんでもいいから、スタッフが気持ち良く働けるような環境づくりを考えてほしいの。この前、加山さんのお子さんが病気のとき、代わりにお休みだった野口さんが厨房を手伝ってくれたし、そのときに野口さんの小さな娘さんを絹田さんが預かってくれたよね。お店で働くスタッフが全員、楽しく助け合って働ける職場になるようなことを考えて企画してほしいの!」
「わかったよ、望海ちゃん。俺ができることを考えてみるよ。俺たちはファミリーだからね」
「ありがとう! 絹田さん!!」

盛り上がりを見せる中、オイオイと言って西村が手を挙げる。
「そこにいる方は、どなた?」
「ヤベー、忘れてた! 今日から新入社員として入ってもらうことになった、工藤壮太さんだよ。給仕長補佐役として、西村さんを補佐してもらいます。これで、私とお母さんを除いて、社員6名になります」

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(本書P.141「UBOKIの新体制(組織改革後)」を図示化したもの)

空調の送風が心地良いホール内には、ボサノバ風のカフェミュージックが流れている。そのリズムに合わせて、更家が手を1つ2つ叩いて、スタッフ全員に向けて語りかける。「これで社員を1人増やして、アルバイトやパートはゼロになった。みんな新しいやり方で、地元に愛され、いつも活気のあるUBOKIをもう1度取り戻そう! 季節指数にも影響されず、業務効率もきっと良くなって、売上も向上できる。そうすれば、みんなの給料も上がる。そんな良い循環が生まれるお店に必ずなるさ!」

この組織改革の後、UBOKIは閑散とした街の中でひと際賑わい、人件費率(人件費÷売上高×100)も49%から29%に下がり、売上アップと人件費削減の両立を実現することになる。


本記事では「アルバイトに頼らない少数精鋭型組織への変更」というアプローチを用いた人員問題の解決シナリオを紹介してきた。だが、飲食業を営むうえで本当に重要なのは話の中でも言及されている「食事に新たな付加価値を加えること」である。

近年、「モノ消費からコト消費へ」というフレーズに代表される消費行動の変化に対する指摘が増えているのに加え、「トキ消費」という「幸せや楽しみなど今この瞬間でしか味わえない感覚や、実現できない体験を共有する消費行動」という概念も提唱されるなど、付加価値のかたちは実に多様なものとなっている(余談ながら、本記事の後に続く話でも「サービスはお客と『幸せの瞬間』を共有するもの」という更家のセリフがある)。

本書では「ここから具体的にどのような付加価値をつけていったのか」に加えて「競合の登場と、ファイブフォース分析を実践的に活用した対抗策の立て方」など、飲食店に限らず企業経営に使える具体的な解決策が提示されている。現在、経営に行き詰まりを感じているならば、ぜひ手に取って参考にしてみてほしい。