モモ「ちょっと、モジャ先輩! 黙って消えようとしないでよ!」
モジャ「はっ。モモ、そこにいたのか」
モモ「ちょっと、ふざけないで! いま読んでくれたよね? どうだった?」
モジャ「いや、少しめまいがして……」

モモ「めまい?」
モジャ「あまりにひどい文章だったから」
モモ「ひどっ! 〈きーー、そのいけ好かない顔をぶん殴ってやりたい!〉」
モジャ「まあ、落ち着け」
モモ「一所懸命に書いたのにー。それに文章がひどいから消えるって……それって犯罪だからね。警察呼ぶよ!」
モジャ「だから、落ち着け。消えようとしたわけじゃなくて、どこからどうアドバイスしようか、コーヒーでも飲みながら考えようと思って」

そう言ったあと、佐々木は、小声でこうつけ加えました。

モジャ「あわよくばドロンしようとは思ってたけど……」
モモ「えっ、いま何か言った?」
モジャ「いや、別に」
モモ「まあ、いいや。私がコーヒーいれるから、モジャ先輩はそこに座ってて! 私の文章のどこがどう悪いのか、ちゃんと聞かせてもらうから!」

殺気を放ちながら、モモは給湯室のほうへ歩いていきました。

イチブンイチギ?

モモは打ち合わせテーブルに濃い目のコーヒーを2つ置いてから、佐々木のアドバイスを受ける体勢に入りました。

佐々木はスカイブルーのシャツとストライプの入った紺ジャケットを着ています。表情はいつもながらに涼しげです。

モモは〈スカしちゃって〉と思うと同時に、〈それにしても、モジャな髪とクリエーター気取りのあごヒゲが鼻につくわ〉と、いつもと同じことを考えていました。

モジャ「まずは一文の長さからだ。『一文一義』って聞いたことある?」
モモ「イチブンイチギ? 一長一短や一日一善なら知ってるけど……」
モジャ「とっさにその2つが出ただけでも敢闘賞ものだな」
モモ「ふん、バカにしてない?」
モジャ「ほめてんだって。一文一義というのは、『ひとつの文章に盛り込む情報はひとつにしよう』という意味。一文というのはマル、つまり、句点が打たれるまでの文章のことね。一文一義を心がけると、おのずと一文は短くなるはずだ」

モモの書いた案内文は、「次の金曜日」から「お願いいたします」まで90文字ほどあります。90文字だと、多くの場合、2つか3つの文に分けることができます。「ちょっと貸して」とパソコンを手元に引き寄せると、佐々木は軽やかにキーボードを叩きはじめ、文章を直していきました。例文2

モモ「マルを2つ追加して、一文を3つに分けたのね。たしかに、このほうがわかりやすい!」

一文一義は、文章作成の基本中の基本です。一文を短くするだけで、文章は格段に読みやすくなります。とはいえ、すべての文章を「一文一義」にすると、少し幼稚に感じられるときがあります。

厳密には「一文一義(=短めの文章)」をベースにしながらも、ときどき「一文二義(=少し長めの文章)」を織り交ぜていきます。すると、長短のリズムがついて、少し賢そうな文章ができ上がります。

モジャ「文章を書くときには、先を急ぎすぎないこと。ひとつ伝え終えてから、慌てずに次の情報を伝えればOKだ。あれこれ盛り込みすぎた一文は、読む人にとって迷惑でしかないから」
モモ「てっきり一文が長いほうが“デキる文章”なのかと思ってた」
モジャ「そういう勘違いをしている人が多いよね。書いている人は気持ちいいかもしれないけれど、読む人にとって、長すぎる文章は苦痛のタネだ。そもそも読解力には個人差があるから。一文が60、70文字を超えたら“黄色信号”だと思っていい」

モモ「なるへそ! たしかに、私も一文が長い文章を読むのは苦手かも……」
モジャ「だろ? でも、いざ自分が文章を書く側にまわると、多くの人が読む人の気持ちを無視した文章を書いてしまうんだ」
モモ「それって私のこと?〈モジャ先輩め、いちいち頭にくるな……〉」

モジャ「一般論だよ。そういう意味では会話も文章と同じだよ。マルを打たずに延々としゃべる人っているだろ?」
モモ「ああ、いるいる! この間も、友だちの結婚式のお祝いのスピーチでダラダラと話す人がいてイライラしちゃった。マルのない話ってホント頭に入ってきにくい。それにしても、まさかミクが私より先に結婚するとはなあ……」
モジャ「……何の話だよ」
モモ「はっ、ごめん。続けて」
モジャ「一文を長く書く人は、そのダラダラしたスピーチと同じことをやっている恐れがあるということ」

モモ「なるへそね。これは気をつけないと。読む人に嫌がられるのはゴメンだし」

モジャ「あのさ」
モモ「何?」
モジャ「ちょいちょいぶち込んでくるその『なるへそ』って古くない?」
モモ「だって『なるほど』だと飽きるじゃない。遊び心もないし。こんな夜遅くに仕事してるのに、堅苦しい言葉ばかり使ってたらストレスが溜まるよ」
モジャ「そういうことか。なるほどね……って、納得できるか!」
モジャ「〈佐々木をバカにしたような目で見つめながら〉モジャ先輩、そこは『なるへそ』でしょ! せっかくいい前フリしてあげてるのに」
モジャ「うっさいわ!」

長い一文には、「読みにくくなる」以外にも、次のようなリスクが伴います。