「技術的特異点(シンギュラリティ)」とは、科学技術が人知を超え、予測できないほどの早さで進化し始める時点とされ、一説には2045年頃にも到来するだろうと言われている。

ここ数年で技術的に急速に発展した人工知能は、IoTやビッグデータに連なる文脈で産業や社会を変革する主役のように扱われる一方、「人間の仕事のほとんどを奪う存在だ」と危険視されてもいる。かつては絵空事のようにとらえられていたこの種の議論がいよいよ真実味を帯びてきたと言えるだろう。関連するテーマを扱った書籍の刊行も相次ぎ、雑誌やウェブメディアでも度々特集が組まれるなど、関心の高さをうかがわせる。

そんななか新たに刊行された『人工超知能が人類を超える シンギュラリティ─その先にある未来』(台場時生著・日本実業出版社刊)は、技術解説や最新の研究成果を紹介した多くの関連本とは一線を画す内容を持つものだ。

シンギュラリティは生物進化とつながっている

「人工知能は人類を滅ぼすかもしれない」というスティーヴン・ホーキング博士や実業家イーロン・マスク氏が鳴らす警鐘は、人工知能、特異点に言及されるとき必ずと言っていいほど紹介され、多くの人の知るところとなった。一方で発明家、未来学者として知られるレイ・カーツワイル氏は、シンギュラリティ推進派として特異点後の世界にユートピアを予想しており、私たちはそうした議論にも興味をかきたてられる。

また、関連する書籍を読んだり、「人工知能がプロに5勝 グーグル囲碁ソフトの実力は?」(日経電子版)といった記事に触れるたびに、優れたSF小説に出会ったときのように、あり得るかもしれない未来への憧れと怖れが入り混じった不思議な感覚を覚える人も少なくないだろう。

『人工超知能が人類を超える シンギュラリティ─その先にある未来』
『人工超知能が人類を超える シンギュラリティ─その先にある未来』台場時生 著

現時点では、どんな専門家でも未来を正確に予測することは不可能だ。したがって私たちの関心は、「本当にシンギュラリティは来るのか、来るとしたらそれはいつ頃か」「人工知能は私たちにとって有用な道具か。それとも脅威か」「特異点後の世界に向けて、私たちはどうすればいいのか」といった問いにとどまることが多い。

しかし、某大学でロボット工学を研究し、ロボットがつくる未来社会に関心を寄せる台場時生氏は、前述した著書のなかで「人工知能導入や特異点突入のリスクについては十分に検討すべき」としたうえで、それだけではダメだとしている。次の問いをよく考えなければならないと言うのだ。

特異点突入後の世界(その正体はまだわからないが)の到来を私たちは本当に望むのか

そしてこの問いに答えを出すには、いつ来るか、敵か味方かなどと断片的に考えていては意味がなく、人類700万年、さらに言えば生物40億年の歴史を俯瞰する視点から検討しなければならないとも述べている。

つまりこの本で試みられているのは、「人類史と人工知能、ロボット、特異点の問題を一体的に捉え、人類の過去から未来までを総括する」ことなのだ。

人工「超」知能は人類の一生にとってどんな意味を持つのか

著者は、特異点とその後に登場するかもしれない人工「超」知能が、生物進化史や人類史にとってどのような意味を持つのかについて、脳科学(意識とクオリア)、哲学(「なぜ生きるのか?」)、生命科学(ビッグバン~生物進化)などの知見に言及しながら議論を進めている。読者はシンギュラリティの技術的、社会的側面にとどまらない、広く、根源的な問いについて考えさせられる。

とは言え難解な本ではない。人類の進化の歴史をたどれば、人工「超」知能が出現する必然性と意義に気づくことがわかる。

たとえば、私たち人類は、知能と言葉、手を獲得した生物的進化を成し遂げたのち、「農業革命」「産業革命」「情報革命」という科学技術的進化のただなかにいることが示される。そして終章近く、人工知能の発展によって訪れるであろう「ロボット革命」、そしてポスト・ヒューマン(それがどのような存在かのヒントも示されている)の出現とシンギュラリティの先に目指すものについて、その可能性が議論されている。私たちの常識的な感覚を揺るがす刺激的な未来図だ。

ここに示される未来図のみを取り出したとき、にわかに納得することができない読者もいるだろう。しかし、読み進めるうちに、著者が言うように、進化の道のりや流れから見て十分な必然性を持つものだと感じられるのではないだろうか。

私たちが人工知能やシンギュラリティについて考えるとき、「人類の一生」という、きわめて大きなスケールを持つ問題と向き合うことになるのだ。


 

『人工超知能が人類を超える シンギュラリティ─その先にある未来』台場時生 著

【章立て】
 はじめに 
 序章    シンギュラリティを前に
 第1章 シンジュラリティがなぜ問題になるのか?
 第2章 私たちはどこから来たのか?
 第3章 科学技術の進歩と人類の進化
 第4章 そして、人類のゴールへ
 終章    シンギュラリティ後の人類ビジョン
おわりに