STORY2 10000円のカレーライス(本書16~22ページより)

kei_10「こんな人もいるんだ!がんばろう!」

そう書かれた1枚のふせんはカウンターの裏にひっそりと貼られていました。

ここは、いしのまきカフェ「  」(かぎかっこ)。東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻に生まれた、地元高校生が運営するコミュニティカフェです。

このカフェは、単なるカフェではありません。将来の地域の担い手である高校生が地域活性に主体的にたずさわり「自分の将来と地域」について学ぶことを目的に、NPO法人などがプロジェクトを企画し、2012年6月にスタートしたカフェです。大人のスタッフはあくまでサポート役に徹し、メニューも内装も、そして店名もすべて高校生が考えるということで、当初は店名を「  」と空欄にしていました。実際に高校生が決めた店名は「  」のまま。なんでも入る可能性や個性、原点のなにができるのだろうというワクワク感を大切にしたいという高校生の思いが込められています。

 お店のオープンは2012年11月。市長をはじめとする市役所の方、高校生の保護者の方、支援いただいた企業の方、大勢の関係者に囲まれてオープンを迎えました。

出だしは好調。学校のない週末のみの営業ながら、毎週たくさんのお客様でカフェは大にぎわいでした。

しかし、2か月ほど経ったころ、客足がだんだん遠のいてしまいました。大きな原因は目玉となるランチメニューがないことだと考え、新メニューの開発会議を開きました。その結果、幅広い世代から愛されているカレーライスを採用し、石巻の魅力をたっぷり詰め込んだご当地カレーを開発することにしました。

幸いなことに、日本武道館にて行なわれた夢を語るプレゼンテーション大会(みんなの夢AWARD3)に出場機会を得ました。大舞台にも臆せず、高校生スタッフが最高のプレゼンテーションをした結果、大手食品メーカーの協賛を得ることができました。専門家からカレー開発のアドバイスを受け、そして完成したカレーのレトルト商品化が決まり、大きく夢がふくらむことになったのです。

石巻の魅力を発信するには、まず高校生自身が石巻の魅力を知ること。「カレーで石巻を元気にしたい!」という趣旨に賛同した地元の漁師や水産加工会社から、石巻の漁業を学ぶ機会を得て、また素材の無償提供も受けることができました。

着々とカレー開発が進むなか、あっという間に3年生が卒業する時期を迎え、カレー開発は後輩に引き継がれることになりました。先輩が勝ち取ってきた企業協賛やたくさんの協力者の方々の期待。これを無駄にしてはいけない。高校生メンバーに焦りの色が見え始めました。

そこで始めたのが、実際にお客様に試食してもらい、味の評価とアドバイスを聞かせてもらい、言い値をお支払いただくシステム、名づけて「受験生メニュー」。お客様からの「合格」が出れば、晴れて正式メニュー入りするという高校生らしいネーミングです。ここで手ごたえを得て先輩の代からの夢を実現させようと意気揚々でした。

しかし、ふたを開けてみると、1000円近くをつけてくれる方々もいましたが、多くは500円以下との評価で、きびしい意見も少なくありませんでした。でもそれは、高校生にとってとてもありがたいものでした。高校生スタッフは、一様に現実社会の厳しさを教えていただいたことへの感謝と同時に、お客様にまだまだ満足を届けられていないもどかしさも感じていたようです。

やがて、高校生スタッフはまた焦りはじめました。どうしたら、お客様に満足いただけて、石巻を元気にするカレーができるのか。味なのか、量なのか、盛りつけなのか、食器なのか。毎回の営業後にアンケート結果を読み上げ、記録し、マイナーチェンジをくり返していきました。

受験生メニューが始まって数か月。少しずつ前に進んではいるものの、ゴールが見えるようで見えない。高校生にとってはそんな状況だったようです。

そんななか、いつもどおり営業をしていると、40代ぐらいの落ち着いた雰囲気がある男性のお客様がカレーとコーヒーを注文しました。高校生スタッフは受験生メニューの説明をし、アンケート用紙を渡しました。そして、いつもどおりレジで会計の際に、アンケート用紙に記載してもらった金額を確認したのです。

 

ご注文品:いしのまきカレー
値段:10000円

 

「あれ、1000円のお間違いではないでしょうか」。思わず高校生スタッフは聞き返しましたが、男性は「いいえ、10000円ですよ」と返しました。そして、高校生スタッフに対してこう続けました。

「私は復興支援の仕事で石巻に来ました。地元の復興ために地元の高校生ががんばっている姿に感動しました。これはそのがんばりに対しての応援の気持ちです。いろいろな意見を聞き、じっくりと納得のいくカレーを完成させてくださいね」

うれしかった。10000円もの大金を払ってくださった意味は、がんばる高校生スタッフへの「応援」だけでなく、被災地石巻への「応援」だということ。つまり、「石巻を元気に!」というカレーのコンセプト、そして高校生スタッフがこれまで取り組んできたカフェづくりそのものへの評価に他ならないのです。

焦る必要はありませんでした。その後もそれまでどおり、たくさんのお客様の意見を聞き、専門家のアドバイスを経て、納得のいくカレーが無事完成しました。

できあがったカレーは「かぎかっこ親黒カレー」。石巻の漁場である三陸沖は親潮と黒潮が交わる豊かな漁場です。それを親潮に乗ってくるサンマのキーマカレーと、黒潮に乗ってくる真鯛のスープカレーのダブルソースで表現しました。石巻の素材にこだわった新感覚カレーです。

お客様から「おいしい」という声をたくさんいただき、リピーターも増えるようになりました。また、レトルトカレーも完成し、すぐに完売状態となるほど、たくさんの方に喜んでもらい、思いを伝えることができました。

しかし、高校生たちはけっして満足することなく、つねに勉強して改善にチャレンジし続けています。これこそが、いしのまきカフェ「  」の魅力であり、存在意義なのだと思います。

「10000円のカレー」のエピソードはそのことに気づかせてくれた大きなきっかけです。あのとき男性のお客様が残したレシートは、カフェのカウンター裏に「こんな人もいるんだ!がんばろう!」という高校生スタッフの書いたふせんとともに貼られています。そして、つねに高校生を、そして石巻をはげまし続けているのです。

たくさんの想いがつまったカレー(photo by PAKUTASO)

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