人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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ロンドン五輪出場選手の名字(2)

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2012/07/23 13:05

新体操の代表に美濃部ゆう、という選手がいる。この「美濃部」という名字は珍しいと感じるだろうか。

一定の年齢以上だと、かつて人気の高かった美濃部亮吉東京都知事を思いだす。日本史の受験経験者だと、天皇機関説を唱えたことで教科書にも載っている美濃部達吉という名前を聞いたことがあるだろう。

実はこの二人は親子である。二代続けて歴史に名を残した人物が出ていることから、「美濃部」という名字は知っているが、実際には会ったことはない、という人が多いのではないだろうか。

「美濃部」さんは全国順位では4000位あたり。珍しい名字と、そうでない名字の境目あたりにある。

ルーツは美濃国(岐阜県)ではなく、滋賀県甲賀市である。甲賀市に合併した旧水口町に美濃部という地名があり、ここをルーツとする美濃部氏がいたことが知られている。菅原氏の末裔と伝え、戦国時代には近隣の伴氏や山中氏とともに六角氏に従い、甲賀武士を代表する一族でもあった。

甲賀は伊賀と並ぶ忍者の里で、美濃部氏も甲賀五三家といわれた甲賀忍者の一族。その後、織田信長を経て、徳川家康の家臣となり、江戸時代、一族の多くは旗本となって江戸に移り住んでいる。

現在でも、美濃部さんが一番多いのは滋賀県で、甲賀市の隣の守山市に集中している。続いて東京都と静岡県に多く、静岡県ではほぼ静岡市に固まっている。

東京に多いのは、江戸時代に旗本として移り住んだからだ。江戸時代初期、幕臣の数は少なく、次々と分家してどんどん増えていった。また、幕末に戊辰戦争に敗れた徳川家は、大政を奉還すると一大名ととなって駿府(静岡市)に移住している。この時につき従った旗本も多いことから、静岡市にも美濃部さんが集中しているのだろう。

美濃部ゆう選手は東京出身とのこと。いつから東京に住んでいるのかは分からないが、甲賀忍者の末裔の可能性が高い。
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