人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、本当?と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

著書は『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など多数。

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東海道を歩いてみた(10)

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2009/12/07 10:47

さて、江戸を出た旅人は、箱根の関所に備えて小田原で1泊することが多かった。そのため、小田原宿は本陣だけで4軒をほこる東海道で一番大きな宿場であった。

今では町かど博物館として商家が小さな博物館として公開するなど、城下町兼宿場町として、「歴史」を全面に押し出した町づくりをしている。なかでも目をひくのが、天守閣のようなつくりの「ういろう本譜」。「ういろう」とは「外郎」と書き、江戸時代に重宝された丸薬の名前である。



ういろう本舗


「外郎」の歴史は古い。室町初期に来日した元(げん)王朝の医師陳宗敬の子孫が、元時代のの官名である陳外郎と名乗って消化器系の大衆薬として外郎(透頂香)を販売。江戸中期に二代目団十郎が「ういろう売り」の中でみせた早口言葉の台詞で一躍有名になった。

末裔はのちに苗字帯刀を許され、「外郎」を名字としている。ちなみに、名古屋土産としてた有名なお菓子の「ういろう」は、外郎家で来客用に使用していたお菓子がもとだ。

ういろう本舗を過ぎて東海道線のガードをくぐったところが京方の見付の板橋見付で、箱根登山鉄道の箱根板橋駅がみえてくる。

ここからは、箱根登山鉄道のすぐ横の旧道を箱根に向かって上っていくことになる。風祭では鈴広のかまぼこ博物館でカマボコを購入、入生田では生命の星・地球博物館を遠くから眺めて通り過ぎ、湯本の三枚橋に着いた。国道1号線はこのあともまっすぐだが、旧道は三枚橋を渡って湯本の温泉街を通る。



箱根板橋付近の旧道


ここまでは勾配も緩く順調だったが、湯本からは箱根の難所の本番。三枚橋を次回のスタートラインとして、橋を渡らずに直進し、湯本から帰宅した。



箱根の夕日

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