人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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東海道を歩いてみた(3) 川崎〜保土ヶ谷

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2008/12/01 09:46

先日に続いて、東海道を歩いて来た。

前回は川崎宿までだったので、今回は川崎宿からスタート。前回と同じく朝9時に人通りの少ない川崎駅前をょスタートした。しばらく旧道を歩くと、「国道」というJR鶴見線の変な名前の駅がある。この駅、名前も変っているいるが、それよりもガード下の雰囲気が昭和30年代ということで一部で人気を集めている。この日もウォーキンググループと思われる集団が通過して、しきりに写真を撮っていた。

ほぼ京急沿いに歩き、鶴見川を渡って少し行ったところが生麦だ。このあたりは海沿いで、道の両側には貝の専門店が並んでいた。



生麦周辺


さて、生麦といえば生麦事件だろう。幕末、薩摩藩の行列を横切った英国人を、薩摩藩士が無礼打ちした事件で、このあと薩英事件が起こり、さらにこれをきっかけに薩摩藩は武力を増強して討幕に突き進むという、幕末のターニングポイントになった事件の一つだ。旧道と第一京浜に交わるあたりには生麦事件の碑が建っているが、実際に事件のあったのはもっと川崎よりで、今では民家となっている。



生麦事件碑



生麦事件現場


ところで、「生麦」というのも変った地名だ。海岸沿いということもあって、古くは貴志(岸)村と呼ばれ、江戸時代初期に生麦村に変更された。2代将軍徳川秀忠がこの付近を通った際、道に水が溜まって通行できなかったので、村民が街道脇の生麦を刈り取って道に敷いて秀忠を通した。これに感謝して、秀忠が村名を生麦に変更させたという。

生麦を出て少し歩くと京急の神奈川駅。この付近が旧神奈川宿で、神奈川県の由来となった地名。横浜も目と鼻の先だが、幕末に開港されるまでの横浜は、街道からはずれたひなびた漁村にすぎなかった。

この日は、さらに7キロ歩いて保土ヶ谷宿で終わりにした。
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