日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

2026/02/10 10:55

今年も「京の冬の旅」で京都に行って来た。昨年と違って中国人が極めて少なく、ちょっとびっくりするくらい街が空いていた。
さて、今年の「京の冬の旅」は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」に因んで、兄弟に因んだ特別公開を行っているところが多い。方広寺でも5年ぶりに特別公開が行われており、大黒堂では秀吉が護持したという手のひら大の小さな大黒天像や、天井画として描かれた巨大な掛軸「神龍図」が特別展示されている。
しかし、方広寺で豊臣兄弟に関するものといえば、やはり梵鐘だろう。秀吉・秀長兄弟とは直接関係ないが、豊臣家が滅亡する大坂の陣のきっかけとなったものである。
豊臣秀頼は慶長7年(1602)に火事で焼失した方広寺の再建を命じ、同19年にその梵鐘が完成した。しかし、この梵鐘が事件を引き起こした。というのも、鐘の銘文にある「国家安康」「君臣豊楽」という2句が、家康を呪詛し、豊臣を君主として楽しむという意味だとして、徳川家康からクレームが入ったのだ。
これはあきらかにいいがかりだが、豊臣家討伐を目指していた家康にとっては、格好のきっかけであった。これを契機に2度にわたる大坂の陣が勃発し、豊臣家は滅亡する。
肉眼ではわかりづらいが、「国家安康」「君臣豊楽」という2句の部分が、わかりやすいように白く囲まれている。また、鐘の内側にある白いシミは、大坂の陣で自害した淀殿の怨念が顔の模様となって浮かび上がっているのだという。