人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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「どうする家康」の吉良義昭は、吉良上野介の先祖

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2023/02/28 10:25

画像はNHK公式サイトよりキャプチャ

26日のNHK大河ドラマ「どうする家康」に、矢島健一が演じる東条城主の吉良義昭が再登場した。家康に叛いた三河一向一揆とともに挙兵、家康に代わって三河国の主になろうとしている。

この吉良義昭は、のちに元禄赤穂事件で赤穂浪士達によって討たれる吉良上野介に先祖に当たる。

吉良氏の出自は清和源氏。足利将軍家の一族にあたり、室町時代には名家として知られていた。鎌倉時代前期に足利家3代目の義氏の二人の子が、三河国幡豆郡吉良荘(現在の西尾市)の地頭となって吉良氏を名乗ったのが祖で、それぞれ東条吉良氏、西条吉良氏と名乗り戦国時代まで続いた。

義昭はこのうちの西条吉良氏の当主にあたる。一方の東条吉良氏は義昭の実兄義安が養子となって継いでいた。義昭は桶狭間合戦後に徳川家康に従っていたものの、三河に一向一揆が勃発すると、これとともに叛旗を翻した。しかし、結局は敗れて東条城は落城、義昭は三河から逃亡して西条吉良氏は滅亡した。

その後、家康の命によって東条吉良氏の義安が両家を統合し、江戸時代には旗本高家となった。高家とは幕府の儀式や典礼を指導する家柄で、旧大名など名家の末裔が任ぜられていた。吉良上野介はこの高家吉良家の直系の子孫である。

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